秋に生まれた、二番目の子
白戸亜季さんの名前には、少しだけ物語がある。
もともとは「亜弥」という名前になる予定だった。けれど、たまたま身近に同じ名前の人の不幸が重なり、「縁起が悪いから変えよう」となった。
10月生まれ。季節は秋。
ただ「秋」では少し単純すぎる。そこで、ご家族は漢字にこだわった。
「亜」には、次に続くという意味合いがあるという。亜季さんは次女。季節の秋と、二番目に生まれた子。
そこに願いを込めて、「亜季」と名づけられた。
現在は石垣島で暮らしている。
愛犬のトイプードル・チャッピーと一緒に。
「愛犬チャッピーです。我が子のように大切に育てています。」
そう言って笑う顔は、やわらかい。
けれど、この人の人生は、ただやわらかいだけではない。
芯がある。
怒ると怖い。
決めたらやる。
やらないと決めたら、やらない。
その潔さが、白戸亜季という人を形づくっている。

名 前:白戸亜季
住まい:沖縄県石垣島
仕 事:児童発達支援・放課後等デイサービス
活 動:和太鼓、子どもたちへの太鼓指導
おばあちゃんの家と、木の上の漫画
幼い頃、両親が離婚した。
母と暮らすことになった亜季さんは、仕事で帰りが遅い母を待つあいだ、いつもおばあちゃんの家にいた。
学校が終わる、学童が終わる、おばあちゃんの家へ行く。ご飯を食べる。宿題をする。
眠っている頃に、母が迎えにくる。
「とにかく、おばあちゃん子でしたね」
今でもぬか床を作っているという。毎日おばあちゃんと一緒に混ぜていた記憶が、今の暮らしの中にも残っている。
子どもの頃から、小さい子の面倒を見るのが好きだった。近所の友達の弟や妹を連れて遊ぶことも多かった。
そして、木登り。
木の上に登って、漫画を読む。
なんとも絵になる子ども時代だ。
ただ、小学校高学年から高校時代にかけては、本人いわく「全体的にグレーがかっている」。
学校も、勉強も、人付き合いも好きではなかった。
「そのうち楽しいこと、いっぱいあるよ」
もし昔の自分に声をかけるなら、そう言いたいという。
実際、その後の人生には、楽しいことも、悔しいことも、そして人生を変える出会いも待っていた。

「資格もないくせに」その一言で、火がついた
高校卒業の頃、母から言われた。
「あんた、子ども好きなんだから、保育士の資格を取る学校に行ったら」
しかし当時の亜季さんは、学校も勉強も嫌だった。母の提案を一度は断った。
けれど、アルバイトをしている時も、街で子どもを見ると、つい目がいく。子どもに癒される。やっぱり自分は子どもが好きなのかもしれない。
そう思い、資格がなくても働ける小さな保育室でアルバイトを始めた。
そこで、ある出来事が起こる。
園長先生の子どもへの接し方が、どうしても見過ごせなかった。亜季さんは、黙っていなかった。若さもあった。怖いものもなかった。
言いたいことを、はっきり言った。
すると返ってきた言葉がある。
「保育士の資格も持っていないあなたに、何も言われたくない」
その瞬間、火がついた。
「絶対に資格を取ってやる」
そこからの行動がすごい。
トラックの運転手をし、夜はスナックで働き、お金を貯めた。入学金を用意し、夜間の大学へ進学した。
昼は保育園で働く。
トラックの仕事もする。
夕方から夜は大学へ行く。
簡単に言えば「働きながら資格を取った」だが、実際にやるのは簡単ではない。
それでも、やり切った。
自分でやるしかなかった。
反骨心。
子どもへの思い。
そして、自分で決めたことを貫く力。
白戸亜季さんの保育士人生は、きれいな理想論から始まったわけではない。
悔しさから始まり、努力で証明し、周囲の信頼を勝ち取っていった人生だった。
そして、おそらくその経験があったからこそ、今の彼女の子どもたちを見るまなざしは、誰よりも優しい。

「ありがとう」と「ごめんなさい」が言える人に
亜季さんには、大切にしている言葉がある。
いかりや長介さんの言葉だ。
「ありがとうと、ごめんなさいを素直に言える人間になろう」
その言葉が、ずっと胸にある。
保育園で卒園児を送り出す時にも、必ず子どもたちに伝えてきた。
今は石垣島で、児童発達支援と放課後等デイサービスの仕事をしている。午前中は未就学児、午後は学校に通う子どもたちを迎え、夕方まで一緒に過ごす。
発達障害、自閉症、ADHD。
さまざまな特性を持つ子どもたちと向き合っている。
周囲からは、明るい、よく笑う、声が大きい、と言われる。
そして、怒ると怖い。
それもまた、亜季さんらしさだ。
「自分で決めたことは、何があっても絶対やる。やらないって決めたら、絶対やらない」
その強さは、子どもたちにとっても頼もしいはずだ。
彼女は子どもに甘いだけの人ではない。
人として大切なことを、ちゃんと伝えられる人だ。
東京で保育士をしていた頃、担任を持った子どもたちがいる。結婚、離婚。人生が大きく揺れた時期、その子たちが亜季さんを支えてくれた。
本人は「勝手にそう思ってるだけ」と笑う。
でも、その子たちは卒園後も、小学校、中学校、高校、成人式を迎えた今も、連絡をくれる。東京へ帰ると、一緒にお酒を飲むこともある。
「ずっと、あの子たちは大事ですね」
これは、教師と教え子の話ではない。
人と人の話だ。
大切にしたものは、時間が経っても残る。
石垣島の青と、これから始まる店
石垣島に来たのは、旅がきっかけだった。
東京で保育の仕事を続けていた頃、長い休みはほとんどなかった。仕事を辞めた時、「旅行に行こう」と思った。
沖縄本島には行ったことがあった。けれど、日本の最南端にある石垣島には行ったことがなかった。
一人で来た。
そして、ハマった。
気がつけば東京のアパートの家賃がもったいなく感じるようになった。荷物は実家に預け、石垣島で暮らすことを決めた。
今年で11年目になる。
好きなところは、海の青さ。空の青さ。緑の多さ。そして空気。
「青って、人が癒される色なのかなって思うんです」
一方で、地域への思いはきれいごとだけではない。
道路の傷み。観光客によるゴミ問題。自然が開発で失われていくこと。守られる安心と、自然が壊される寂しさ。その両方を感じている。
それでも亜季さんは、この島でできることをやっている。
和太鼓を始め、地域のイベントに呼ばれれば出向く。子どもたちに太鼓も教えている。
「子どもたちに太鼓を教えるのを、やりたかったんです」
さらに今、新しい挑戦がある。
この場所で飲食店の開業計画中だ。
きっと石垣島の空気に似合う、気取らない店になることだろう。
東京にいた頃は、服や靴が大好きだった。バーゲンがあれば買いに行き、同じような服を何枚も持っていた。
でも、石垣島に来てから物欲がなくなった。
「欲がなくなったんですよね」
ただし、例外がある。
チャッピーだ。
毎月のトリミング、かわいい洋服、こだわりのフード。自分には節約するが、人や家族には使う。チャッピーには、かなり使う。
本人は「すごいケチです」と言うが、たぶん違う。
お金を使う場所が、ちゃんと決まっている人なのだ。

自分を大事にできる人
これから社会に出る若い人へ、亜季さんはこう伝えたいという。
「人からの影響とか、人の真似じゃなくて、自分で気になったこと、自分でやってみたいなって思ったことは、とにかくまずやってみな」
これは、彼女の人生そのものだ。
保育士になることも。石垣島に移ることも。和太鼓を始めることも。店を出そうとしていることも。
誰かの正解をなぞったわけではない。
自分で気になった。自分で決めた。
だから、やった。
白戸亜季さんにとっての善人とは、どんな人か。
少し考えてから、こう答えてくれた。
「自分を大事にできる人かな」
いい答えだと思った。
人に優しくするには、まず自分を粗末にしないこと。
誰かを守るには、自分の心を置き去りにしないこと。
子どもたちを大切にしてきた人が、最後に「自分を大事にできる人」と言った。
そこに、白戸亜季さんの人生の深さがある。
青い海と、青い空の島で。
今日もきっと、よく笑い、声を響かせ、子どもたちと向き合っている。
怒ると怖い。
でも、たぶんそれ以上に、愛情が深い。
石垣島にも、こういう人がいる。
会えばきっと、少し元気になる。
そして帰り道、誰かに「ありがとう」と言いたくなる。
インタビュー後記
インタビュー中、白戸さんは何度も「私、そんな良い人じゃないですよ」という空気を出していた。
いやいや、困る。
こちらは善人承継という看板を背負っている。そう簡単に逃げられては困るのである。
名前の由来を聞けば、家族の想いが出てくる。
幼少期を聞けば、おばあちゃんとぬか床が出てくる。
仕事の話を聞けば、子どもたちへの愛が出てくる。
お金の話を聞けば、チャッピーへの課金が出てくる。
結局、どこを掘っても人の温度が出てくる人だった。
特に印象的だったのは、「資格もないくせに」と言われて、そこから本当に資格を取りに行った話だ。
普通はムカついて終わる。
白戸さんは、ムカついたまま行動した。
この差は大きい。
人生を変えるのは、感動的な名言だけではない。
時には、腹の立つ一言が人生を前に進める。
白戸亜季さんは、悔しさを腐らせず、ちゃんと力に変えた人だ。
そして今、石垣島で子どもたちに向き合い、太鼓を教え、店を始めようとしている。
人生は予定通りにはいかない。
でも、予定通りじゃない人生にも、ちゃんと青空はある。
白戸さんを見ていると、そう思う。
恥ずかしながら私はまだ石垣島に行ったことがない。
でもそこに行く時は、海を見て、空を見て、そして彼女のお店に寄りたい。
もちろんチャッピーにも会いたい。
ただし、蛇がいる場所だけは勘弁してほしい。
今更だが善人承継って、幸せな企画だと思う。
日本の端っこにいるこんないい人にたどり着くのだから。
お問い合わせ
善人承継インタビュアー
山元 直樹
Mail:relay.interview@gmail.com
*お電話相談の際、『区民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。
山元 直樹
2026/06/02(火)