今回のゲストは、大田区議会議員の深川みきひろさん。

議員といっても妙な威圧感もないし高飛車でもない、気さくな人柄の庶民派です。

日頃、区民と向き合う中で、今どのような問題が浮き彫りになっているのかをお話ししていただきました。


Photo:長谷部ナオキチ

待機児童の問題について

高木優一:先般、先生にも川崎FMでの私の番組に出ていただきました。


深川みきひろ:はい。待機児童対策について、区議会での取組みなどについてお話しさせていただきました。このようなラジオ番組で待機児童の問題について語った際に、そのラジオをたまたま聴いていた方が、「ああ、私の同級生に保育士がいるな、今聴いた話を聞かせてみよう」とか、そういう風にマッチングしていくことができればいいと思います。



高木優一:待機児童についてですが、慢性的な保育士不足の話は別に大田区に限ったわけではなく、日本全体の問題でありますね。


深川みきひろ:保育士を確保するのは確かに大変で、区報などで保育士募集の記事は多く載っているのですが、一般区民にとって区報などは身近ではなく、目にとまりにくいものです。とにかくウチの孫を保育園に入れてくれ、なぜ入れないんだ、それは行政が悪いという話になってしまいがちです。


高木優一:なるほど、保育園に入れないのはおかしい、保育園に預けるのは当然のことだという権利意識が働くのですね。



深川みきひろ:保育園のあり方は一昔前と大きく変わってきました。以前は、収入の面で厳しい家庭の子、お母さんがやむを得ず働かなければならない子だけが保育園に行く。幼稚園に行けない子供が保育園に行くというような感じだったのですが、それががらりと変わってしまいました。おっしゃるように、子供を保育園に預けるのは当然であり、8時間預けなければ損、というような社会環境に変わってきています。親が子供を預けたいから保育園を利用する。子供を預けるために働くというような親も一部には居て、問題になっています。


高木優一:働くために預けるのではないのですね。


深川みきひろ:そうなんです。順番が逆転してしまっているのです。もっと深刻な問題に発展していくような風潮も見えます。いわゆる育児放棄というレベルの話なのですが、子供を育てる気がない人たちまでを保育園は受け入れなくてはいけないのですか、というところまで問題がエスカレートしていく危険もあります。こういったことが生じないように、どこまでのお子さんを受け入れるべきかという基準を作らなくてはなりません。


「私の家の隣に保育園を作っては困る」という訴え

高木優一:ある意味、育児を放棄している人の分まで税金で賄わなければならないのですよね。


深川みきひろ:そうなんです。仮にゼロ歳児を預けるとしますと、自治体によって差はありますが、1人につき月に約60万かかります。つまり、年間約720万の費用が必要になります。お母さんがパートで働いているとすれば、収入は月に20万円程度でしょう。そうなると、「それでは20万円渡しますから、お子さんは家庭で見てくださいね」というような意見も出てきてしまいます。



高木優一:それは本末転倒な話ですね。


深川みきひろ:待機児童ゼロというワンフレーズは確かに正しいかもしれません。本当に生活状況が厳しい家庭、たとえば両親が離婚してお母さんやお父さんが働かなくてはいけない家庭、というようなケースばかりであれば、待機児童はゼロにすべきです。しかしながら、働くのが嫌だ、子供を育てるのが面倒だという理由で保育園を頼るのはどうかと思います。子供を8時間預けたいという相談をされ、「お母さんはどのくらい働かれるのですか?」と質問をすると、「4時間ぐらいかなと思っています」という返事。「残りの時間はどうされるのですか。それだけの時間しか働かないのであれば収入面で厳しいのではないですか?」と重ねて聞くと、「いえ。収入は別に大丈夫なんです。4時間働くぐらいでいいんです。あとの時間を保育園で預かっていただければ、お出かけもできるし」というような答えが返ってきたこともありました。そういうような相談を持ちかけられた場合はお断りさせていただいております。



高木優一:多そうですね、そういう相談。


深川みきひろ:いや、さすがに今のような極端な例はあまりありませんけれど、基本的には私は保育園を増やしていくべきだし、園庭のない保育園を見れば心が痛みます。何とかしてあげたいと思いますよ。また一方で、待機児童をなくすために保育園を作ろうと計画を立てると、最近では、「子供の声がうるさいから、私の家の隣には保育園を作ってもらっては困る」というような反対運動が起きてきます。


高木優一:保育園を作るのはいいけれど、私の家の隣に作るのはやめてくれというわけですね。


深川みきひろ:たとえば小さな保育園が新しくでき、ある住民からうるさい、生活に支障をきたすなどの意見がありました。ところがその保育園の近くにいる高齢の方々へ「ご迷惑ですか」と尋ねると、全く逆の声が上がってくるのです。「毎日、子供たちの元気な姿を見たり、声を聞いたりするのが楽しみです」と。



高木優一:高齢者にとっては、子供たちの声や遊ぶ姿が、平凡な生活の潤いになるということですよね。


深川みきひろ:もちろん、そういった住民の声は真摯に聞き、子どもたちの声などで迷惑がかからないような配慮はできるだけするようにします。しかし、公園の隣に住んでいれば、やはり子供たちの声は響きますし、食べ物屋さんの隣であれば匂いもしますしね。生活をする上でのリスクをすべて取り払うことはできません。そこは納得していただきたいと思います。



なぜ、区議会議員になったのか

高木優一:議員は一般区民から見れば身近なようで遠い存在、つまり普段何をやっているのかが今ひとつ理解できない存在というイメージがあります。


深川みきひろ:こが我々のジレンマでもありますね。今日も午前中にある勉強会に出ていたのですが、そこに誰が参加していたのか、どんな内容が話されていたのかを簡単にメディアなどで話すわけにもいきません。そうすると、秘密が多いとか隠していると言われてしまうのですが、かといって、何でも公開するわけにはいかないですよ。下手をすれば、我々と区民の信頼関係が壊れてしまうことにもなりかねませんから。


高木優一:それはそうでしょうね。最後に先生が議員を目指された理由をお聞きしたいと思います。



深川みきひろ:中学生時代、自転車で家から駅まで向かう道の途中にカーブがあり、一時停止をして左右を見渡して自動車の流れを見極めなければならない箇所があったんです。ここにカーブミラーを付ければ確認しやすくなる、どうして行政はそれに気づかないんだろうって思ったのです。国会議員や都議会議員は気づかないかもしれませんが、区議会議員は何故気づかないんだろうと。さらに言えば、地元区民が「あそこにミラーを付けてくれよ」と区議会議員へ気軽に言えない壁があるのではないかとも思ったのです。要は、身近な議員であるはずが、実は全然身近ではない。住民が困ったことをすぐに解決できる、解決できなくても気軽に相談に乗ることができる、これが区議会議員の姿だろう。そう思い、一番住民に身近な議員になることを目指したのです。地域の小さな問題への取り組みが、やがて国をも動かすことができる、そこに魅力を感じました。


高木優一:ますます、区民のための身近な政治を実践していただきたいと思います。本日はありがとうございました。