まちの仕事人インタビュー
あなたのライフを作品にする〜人文社会学系研究によるエンパワー
慶應義塾大学 名誉教授 岡原 正幸 (おかはら まさゆき) さん インタビュー

  1957年生まれ。本年3月31日に慶應義塾大学を定年退職するまで文学部教授および大学院社会学研究科委員長、慶應義塾評議員などを歴任。専門は、感情社会学、障害学、アートベース・リサーチで、パフォーマンスアーティストとしても活動。2006-2013年には「三田の家」というコモンハウスを三田キャンパス付近で運営、2015年からはKeio ABRというラボを大学院研究室で主宰、 2021年からは博士人材育成プログラム(Keio Spring)としてアート、コミュニティデザイン、映像制作のワークショップを慶應義塾にある13の大学院研究科博士院生に提供、2022年からは「協生カフェ(三田キャンパスにLGBTQの人も安心できる居場所)」WGとしても活動。退職後はABRによるレジリエンス、エンパワーメントをゴールにする社会実装系の法人を設立予定。

  著書として『生の技法  家と施設を出て暮らす障害者の社会学』『ホモ・アフェクトス』『黒板とワイン  もうひとつの学び場〈三田の家〉』『感情資本主義に生まれて』『アート・ライフ・社会学~エンパワーするアートベース・リサーチ』などがある。 

岡原先生は大学でどのようなことを研究し学生に伝えてこられたのでしょうか?

私の専攻は感情社会学という学問で、私が最初に提唱して始めたものです。人々が経験している感情は社会によって作られており、それよって社会の秩序が保たれているということを説明するものです。例えばお葬式であれば共通して悲しみに暮れ涙するものであるというものですね。それを、ジェンダーだったり、人種、国家間、年齢といったものでカテゴライズして、それぞれの集団では特定の事象に対してこのような感情を経験するだろうという定義づけを行うのが感情社会学という学問です。


ところが、社会によって感情が作られているといってもそれを経験しているのは一人の人間であり、その受け取り方も人によって違います。であるならば、そうした個人がどのような現象で感情を経験し、それが行動にどう影響するのか考察していく必要があるのでないか。自分で感情社会学という学問を作っておきながらそのような疑問が生じたんです。本来私が求めていたものと違っていたなと。一人の人間の感情を大事にする社会学はどうやったら作れるのだろうという思考に至りました。


そんな折、私は演劇や映画といった作品にそのヒントを見出します。それらは登場人物の様々な感情を表現することで作品として成立しているのです。こうしたアート作品はギリシャ時代から存在するもので、原初の感情社会学よりもよほど素晴らしい物じゃないかと思ってしまったんですね。完全敗北でした(笑)そこで、私が培ってきた社会学の知識とそうしたアート作品の表現を融合してみたらどのような感情の経験の仕方、体験の在り方をもたらしてくれるのだろう。


その一つの想いが実現したのが今回クラウドファンディングを行っているプロジェクトになります。私はそれをアートベース・リサーチ(ABR)と名付けました。一言で表現すると学問的な研究や教育の過程で、アートや文学、映像や演劇という表現を使用することで新たらしい形の知識を生み出す手法のことです。


慶應義塾創立150年未来先導基金公募プログラムで岡原先生が実験的に行った授業


このABRをどうしてクラウドファンディングで寄付を募ることにしたのでしょうか?

大学における研究というと、学者や研究者が行うものだというイメージがありますが、このプロジェクトを通じて様々な人が研究者の一人として関わっていただきたいというのが私の想いです。本来研究というのは、その対象となるテーマを研究者が決定するものです。しかし、その部分もこのプロジェクトに関わる人が決めてほしい。それが新しい人文社会学の在り方だと思いこのプロジェクトを立ち上げました。


https://readyfor.jp/projects/keioabr(クラウドファンディング詳細)

このプロジェクトを通じて伝えていきたいこととは何でしょうか?

私たち人間は、一人一人どう生きてきたのかストーリーがあります。そのストーリーは非常に価値があるものなんですね。その価値をみんながシェアすることによって生きているという価値をお互いが認め合う。自分自身も生きていることに価値を見出してもらう。人と人がこの研究プロジェクトを通じて関わり合うことで皆がエンパワーされる状態を作り上げたいのです。



また、社会学で何かを世の中に伝えようと思うと一般的には論文やレポートという形でアウトプットされることになりますし、一つの正しい答えや真理を前提に作られます。しかし、アート作品というのはそれぞれに解釈があっていいのです。主観的な想いを良しとする考えなんですね。今回は一人の人間が生きてきたストーリーを、小説や詩のような文学、ダンス、オペラ、映画、写真、コンテンポラリーアート等多様な表現方法を交えてアート作品にします。解釈を広げ、あえてこれが答えなんだというものを持たないことが重要になります。大学の授業の中では学生だけでやっていたのですが、今回は様々な方に関わっていただき可能性を広げていけたらなと思っています。現在はクラウドランディングも順調に推移しておりますが、私や慶應義塾という関係性以外の方からの参加が増えることも大事な要素の一つなのかなと思っています。


教育の在り方というテーマで岡原先生のお考えを伺えればと思います。

教師と生徒という関係は、教わる側が無知だということを前提として成立します。社会学は社会の中で人がどのように生きていくのかということをテーマにします。すると、老若男女どんな人であれその人の人生はその人だけが経験してきたことの集大成です。その経験やその時抱いた感情は教えたり教わったり、ましてや無知かどうかということは関係がありません。つまりこの学問は教え伝えるものではなく、すでにそれぞれの人の中にあるものを引き出すものなんです。ですから私の試験は知識自体を問うものではないので、周囲の人と相談しながら解答してもらっていました。初めて受けた生徒はみなびっくりしてますけどね(笑)


また、古民家を他の先生たちと共同で時間借りをしてそこで学生たちと授業をしたことがありました。畳で寝そべりながら授業するんです。意見の出方や質が違って非常に面白いですよ。学びという場所をどう変えていくかということが私のライフワークでもありますし、今後の教育そのものが考えていかなければいけないことのように感じます。


もう一つの要素として多様性の受け入れがあります。周囲と違うものを感じたり考えたりした時に、はっきりと私は違う意見を持っていると言える環境があまりにも日本は整っていない。権威だったり、大多数の意見に対して異なる考えをぶつけることを極端に嫌いますよね。私だってそうです。自分の感情や考えを表現できない時に、人は大きなストレスを抱えます。日本における閉塞的な感情はこうしたことが要因かもしれません。そうした意味で、ABRや今回のようなプロジェクトはそうしたものを少しでも打開していくためのものとして一つの挑戦と考えています。


最後に読者メッセージをお願いします。

今回のクラウドファンディングは、慶應義塾大学としても初めての試みとなる新しい寄付の形です。私たち教育・研究者からすると、何をしているのか外部に発信していく術はほとんどありませんでした。そういう意味でも、こうした教育・研究的なプロジェクトにおけるクラウドファンディングが成功するということは、今後の慶應義塾大学の、ひいては教育界にとっての大きな一歩になるのではないかと期待しています。


私個人としては今回のプロジェクトを完遂した後、ABRを普及するべく、この活動を事業法人化するつもりでおります。世の中で人文社会学はマネタイズできない。必要ないという風潮があります。しかしこうした学問でもしっかりと稼ぐことが出来るんだということを主張していきたい。岡原ゼミの法人化に関わっていただいてる方が160名ほどおりますので、「岡ゼミ会」という名称で収益化もできるような形を模索していきたいと思っています。応援していただければ幸いです。クラウドファンディングと併せて是非ご支援いただければと思います。よろしくお願いします。


クラウドファンディングの詳細についてはこちらをご参照ください。

https://readyfor.jp/projects/keioabr


インタビュー後記

岡原さんは本当にお話がしやすく、どんな質問も明るくお答えくださいました。教育の在り方に対する深い考察、ご自身が考案された学問を適切ではなかったとして大きく軌道修正できる柔軟性、今後の業界をもっと良いものにしていくためにチャレンジしていく行動力。どれをとっても超一流に触れることが出来たなというのが私の率直な感想です。今回お話を伺うことが出来て大変光栄でした。このプロジェクトが今後どのような展開を見せていくのか非常に期待が高まります。ご興味ある方がいらっしゃいましたら是非とも応援していただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

お問い合わせ

岡ゼミ会

代表  岡原 正幸

Mail:homoaffectus@gmail.com

※ご連絡の際、『港区民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。