人をまとめる少女が、一番尊敬した兄
「名前は父方の祖父が付けてくれました。」
そう穏やかに話し始めた國方香織さんは、北海道で生まれ、3歳から茨城県で育った。
子どもの頃は、クラスでは自然と人をまとめる役になることが多かったという。
「気付いたらやっていたので、自分では特別なことだと思っていませんでした。」
一方で家では大の漫画好きだった。
少女漫画だけではなく少年漫画まで読み漁り、自宅には千冊以上の漫画が並んでいたという。読むだけではなく、自分で描くことも好きだった。
人の人生や感情に興味を持つ原点は、そんな幼少期にあったのかもしれない。
そんな香織さんが、最も影響を受けた人物が兄だった。
勉強もできる。
運動もできる。
中学校では生徒会長も務めた。
しかし香織さんが尊敬していた理由は、そうした肩書ではない。
忘れられない出来事がある。
中学校のマラソン大会で、身体に障害のある同級生が苦しそうに走っていた。
当時、兄はけがのため競技には参加せず、コースの誘導係を担当していた。
すると兄は、その同級生の隣へ行き、励ましながら一緒にゴールまで走ったという。
思春期の男子なら、人目を気にしてためらってもおかしくない。
それでも兄は、ごく自然にその行動を選んだ。
「特別なことじゃなくて、本当に当たり前みたいにやっていました。」
誰かのために動くことを、格好つけるでもなく、自己犠牲とも思わずにできる人。
香織さんが今でも大切にしている「思いやり」という価値観は、この兄の背中から学んだものなのだろう。
氏 名:國方 香織(くにかた かおり)
出 身:北海道生まれ、3歳から茨城県育ち
居住地:茨城県・東京都
経 歴:サンクレール合同会社代表。看護師として約20年間勤務後、保険業界を経て基礎化粧品の製造・販売事業を展開。現在は「健康寿命を延ばす」をテーマに活動している。
全ての人生が変わった高三の夏
その兄が、高校三年生の夏に突然亡くなる。
しかも、その出来事だけでは終わらなかった。
親しくしていた親戚が事故で亡くなり、その後に兄が亡くなる。さらに仲の良かったいとこも病気で亡くなった。
わずか三か月ほどの間に、大切な人との別れが立て続けに訪れた。
高校生だった香織さんは、生まれて初めて「人は必ず死ぬ」という現実を突きつけられる。
昨日まで普通に話していた人が、今日はもういない。
若いから大丈夫という保証も、明日が必ず来るという約束もない。
「生きていることは、当たり前じゃなかったんだと思いました。」
その夏、香織さんは一つの決意をする。
後悔しない人生を歩もう。
誰かに決められた人生ではなく、自分が本当にやりたいことを仕事にしよう。
もし今日が人生最後の日だったとしても、「やりたかった」と後悔しない生き方を選ぼう。
まだ十七歳だった少女が見つけた人生の答えは、その後何十年経っても変わることはなかった。
今でも人生の原点は、あの夏にあるという。
「当時の自分に声を掛けるなら、『これからいろいろあるけど、もっと楽しい人生になるよ』って伝えたいですね。」
壮絶な経験をした人だからこそ出てくる、優しく前向きな言葉だった。
看護師として、人の一生を見つめ続けた二十年
香織さんは看護師となり、約二十年間医療の現場で働いた。
産婦人科、クリニック、大学病院、健診機関、企業の産業看護、終末期医療、介護。
小児科を除けば、人が生まれてから人生の最期を迎えるまで、ほぼすべてのライフステージに関わってきた。
その中でも特にやりがいを感じていたのが、企業で働く人たちを支える産業看護師だった。
健康診断の結果を見ながら、一人ひとりに生活改善を提案する。
担当した社員は五百人以上。
全員の顔と名前、健康状態を覚え、少しでも病気を防ごうと奔走した。
実際に生活習慣を変えた人は、驚くほど数値が改善した。
しかし一方で、こう話す人もいた。
「好きなものを我慢してまで長生きしたくない。」
最初は、その言葉をどう受け止めればいいのか分からなかった。
だが現場に立ち続けるうちに、一つの問いが生まれる。
長生きすることだけが、本当に幸せなのだろうか。
我慢ばかり増やして寿命を延ばすのではなく、その人らしい生活を送りながら、健康でいられる時間を延ばす方法はないのだろうか。
そこでたどり着いた答えが、「健康寿命」という考え方だった。
病気になってから治療するのではなく、病気になる前から支える。
その想いは、看護師時代からずっと香織さんの心の中で育ち続けていく。

看護、保険、化粧品。すべて一本の線でつながっていた
東日本大震災をきっかけに勤務先の体制が変わり、香織さんは終末期医療や介護の現場にも携わることになった。
命の誕生から人生の最期までを見届けてきた経験は、「人が元気に生きられる時間を延ばしたい」という思いをさらに強くした。
その後、新たな挑戦として飛び込んだのが保険業界だった。
医療の知識を持ち、人の人生に寄り添う仕事という意味では、看護師時代の延長線上にある仕事だったという。
営業を始めた初月でトップの成績を収めた。
普通なら喜ぶ場面だ。
しかし香織さんは、そこで初めて恐怖を感じた。
「自分の知識が、お客様の人生を左右するんだ。」
結果が出たからこそ、自分の知識不足を痛感したのである。
そこから社会保障制度や資産運用だけでなく、哲学や心理学、東洋思想まで幅広く学び始めた。
「どうせ学ぶなら、人生を丸ごと相談してもらえる人になりたい。」
看護師として医療を知り、保険で人生設計を学び、さらに人そのものを学ぶ。
その探究心は現在も続いている。
そんな中で出会ったのが、現在の基礎化粧品事業だった。
一般的には「美容」のイメージが強い化粧品。
しかし香織さんが惹かれたのは、そこではなかった。
毎日使うものだからこそ、健康にも役立てられる可能性がある。
無理な運動や我慢を増やすのではなく、普段の生活の中で自然と健康を支える。
まさに看護師時代から考え続けてきた「健康寿命を延ばす」というテーマと重なった。
「もしこの製品に出会っていなかったら、私は化粧品の仕事はしていなかったと思います。」
看護師、保険、そして化粧品。
一見バラバラに見える仕事だが、香織さんの中ではすべて「健康寿命を延ばしたい」という一本の線でつながっている。

人生は節目ごとに、自分で決めてきた
香織さんには、自分なりの人生設計がある。
十七歳では「後悔しない人生を歩む」。
三十歳では「人の話をしっかり聴ける人になる」。
四十歳では「恩返しだけでなく、恩送りをする」。
受けた親切を本人へ返すだけではなく、次の誰かへつないでいく。
そして五十歳。
「毎日を笑顔で楽しんで生きる。」
人生には苦しいことも悲しいこともある。
それでも、一日一日を楽しく過ごせたら、それだけで人生は豊かになる。
そう決めてから、「毎日が楽しい」と自然に言えるようになったという。
周囲からは「素直」「前向き」「バイタリティーがある」と言われる。
本人も「だいたい合っています」と笑う。
基本は性善説。
だからこそ周囲は少し心配もするらしい。
それでも、人を疑って生きるより、人を信じて生きる人生を選びたい。
そんな人柄が言葉の端々から伝わってきた。
「情報を知っていて選ばない」のと「知らなくて選べない」は違う
現在は東京と茨城を行き来する生活を送っている。
茨城の魅力を尋ねると、真っ先に返ってきたのは「食材の豊かさ」だった。
野菜も果物も肉も魚もおいしい。
時間もゆっくり流れている。
そんな故郷が好きだからこそ、もっと良くなってほしいという願いもある。
「茨城はいい意味で閉鎖的なんです。」
地域のつながりが強く、人情も厚い。
その一方で、新しい情報や新しい人を受け入れることには少し慎重な面もある。
だからこそ香織さんは、地域へ還元したいものとして「情報」を挙げる。
「情報を知っていて選ばないことと、情報がなくて選べないことは、まったく違います。」
これは保険の仕事を通じて痛感したことでもある。
選択肢を知らないまま人生を決めてしまう人を、一人でも減らしたい。
情報が届けば、人生は変えられるかもしれない。
その橋渡しをしていきたいと考えている。

ピンチは、人を大きく変えるためにやって来る
最後に、これから社会へ出る若い世代へのメッセージをお願いした。
返ってきた答えは、とても香織さんらしかった。
「挑戦することを諦めないでほしい。」
人生では、不思議なくらい問題が一度にやって来る。
「なんで一個ずつ来てくれないんだろう。」
そう思ったことも何度もあったという。
しかし今は違う。
「大変」とは「大きく変わる」と書く。
人は苦しい出来事を乗り越えた時にしか、自分の器を広げられない。
人生は山登りに似ている。
一つの山を登れば、次の山へ行くためには一度下らなければならない。
谷を経験するからこそ、もっと高い景色が見える。
そしてもう一つ。
「まずは自分を信じてほしい。」
自分を信じられない人は、自信を持つこともできない。
自分を満たし、自分を大切にできるからこそ、人にも優しくできる。
それが香織さんの人生哲学だった。
善人とはどんな人ですか。
最後の質問に、少し考えてからこう答えてくれた。
「相手を思いやれる人。そして誠実な人。」
その答えは、誰かから教わったものではない。
兄の姿を見て、患者さんから学び、多くの出会いの中で自分自身が積み重ねてきた人生そのものだった。
インタビュー後記
「バツイチではなく、丸一です」
この言葉を聞いた瞬間、私は心の中で拍手をしていた。
世間はどうしても、離婚した人に勝手に「×」をつけたがる。しかし國方さんの人生を見る限り、×どころか、経験値が一周分増えている。
ゲームなら確実に能力値が上がっている状態だ。
看護師として約20年。
その後は保険営業で初月1位。
さらに現在は化粧品を作りながら、医療、社会保障、資産運用、心理、哲学まで学んでいる。
少々動きすぎじゃないかと。。
五年後の自分に「今も楽しくやってる?」と聞きたいそうだが、私からすると、楽しくやっているかより、今度は何の資格を取って、何屋さんになっているのかの方が気になる。
下手をすると、五年後には「健康、美容、お金、人生相談、ついでに登山ルートまで全部どうぞ」と言っている可能性がある。
しかし、國方さんの仕事が変わっても、中心にあるものは変わらない。
それは、人が元気で、自分らしく生きられる時間を少しでも長くしたいという思いだ。
高校3年生の夏に、大切な人たちとの別れを経験した。
そこで「後悔しない人生を歩む」と決めた少女は、看護師になり、保険を学び、健康と美容をつなぐ製品を作る人になった。
彼女は、ピンチの中にチャンスがあると言う。
おそらく國方さんの場合、ピンチが来るたびに「また君か」と言いながら、最終的には仲間にしてしまうのだろう。
そして、受け取った恩を次へ送っていく。少年漫画の主人公のように。
善人とは、何も失敗しない人ではない。
傷ついたことのない人でもない。
人生の痛みを知ったうえで、それでも人を信じ、誰かのために動ける人なのだと思う。
國方香織さんは、性善説で生きている。
周囲は少し心配するらしい。
疑うことを知らない國方さんに、私が変な壺を売りに行ったら買ってくれるんじゃないかな…なんてよからぬことが頭をよぎる笑
だが、人を疑う人ばかりの世の中より、國方さんのような人が一人でも多い方が、間違いなく世の中は面白くなる。
少なくとも、茨城の食材を囲みながら話を聞けば、健康寿命だけでなく、こちらの幸福寿命まで少し延びそうである。
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山元 直樹
2026/07/24(金)