真生さんを見た時、まず思った。
顎髭がすごい…そして長い。
いや、長いという表現では少し足りない。
このまま山奥の岩の上で杖を持たせれば、「三百年前からこの山を守っています」と言われても、たぶん私は信じる。
そんな仙人のような風貌の男が、自らを「魔法使い」と名乗っている。
普通なら若干警戒するところだ。
ところが話を聞き始めて数分後、その印象は完全に変わった。
この人は、本当に魔法使いなのかもしれない。
もちろん、カードを消したり、あり得ない場所から物を出したりするからではない。
誰かがずっと言えなかった「ありがとう」を、言える瞬間に変えてしまうからだ。
その魔法の始まりには、一人の父親がいた。

氏 名:真生(まさお)
職 業:魔法使い/マジシャン
出 身:兵庫県神戸市
活動地域:全国各地
主な活動:「GIFT」——大切な人へ感謝を伝えるマジックショー
開催実績:7年間で370回以上
人生で大切にしている言葉:「人生に迷った時は、勇気が必要な方を選択すれば必ずうまくいく」
父の手を握ることすらできなかった
2019年5月2日。真生さんの父親が、がんで緊急入院した。
病院へ駆けつけた真生さんに、医師が告げた。
「あと1か月生きられたらいい方でしょう」
突然だった。
悲しみより先に、これから何をすればいいのかわからない不安が押し寄せた。
そして、ふと思った。
「僕、親孝行らしいことを何もしてないな」
何かしてあげたい。
しかし、父はすでに病院から出ることもできない。食事もできない。欲しいものを尋ねても「特にない」と答える。
旅行にも連れて行けない。美味しいものも食べさせてあげられない。プレゼントを渡したところで、それが何になるのかもわからない。
考えた末に残ったのは、あまりにも普通のことだった。
会いに行く。
着替えを持って、病院へ通うようになった。
ところが、ここで一つ問題があった。
真生さんと父親は、もともとよく話をする親子ではなかった。仲が悪かったわけではない。
ただ、話さなかった。
「親父と何話したらええんやろ」
そんな親子だった。それでも、残された時間を考えれば、今しかない。
ある日、父と向き合いながら気づいた。
自分は父親のことを、ほとんど知らない。自分が生まれる前、どんな人生を生きていたのか。
何を喜び、何を悔やみ、何を大切にしてきたのか。そこで一度家へ帰り、質問をメモした。
「なんで真生って名前にしたの?」
「人生で一番印象に残っていることは?」
聞いておきたいことを書き出して、再び病室へ向かった。ところが、いざ父を前にすると聞けない。
こっ恥ずかしいのだ。
その時、父の手が目に入った。
以前、友人から簡単なハンドマッサージを教えてもらったことを思い出した。やってあげたら喜ぶかもしれない。
そう思った。
なのに、手が出ない。
父親の手を握る。
たったそれだけのことが、とてつもなく恥ずかしかった。
その時、真生さんは自分自身に問いかけた。
「今、自分の親父の手すら握れない人間が、親父が死んでから何かできる人間になれるのか?」
答えは出なかった。ただ、一つだけわかった。
人生では、最初の一歩を踏み出す時に、必ず勇気がいる。
真生さんは父の手を握った。すると、不思議なくらい会話が弾んだ。
マジックではない。
でも振り返ってみれば、これが真生さんの人生で最初に起きた“魔法”だったのかもしれない。
「真生が大きくなったところを見たかった」
会話の中で、用意していなかった質問を一つした。
「もう少し長く生きられるんやったら、何してみたかった?」
父は、その頃には水を飲むことさえ難しくなっていた。喉も乾いていた。そんな父が、確かに声を出して答えた。
「真生が大きくなったところを見たかった」
その言葉は、真生さんの胸を突き刺した。
父はもともと、「ありがとう」や「おめでとう」を頻繁に口にする人ではなかった。
幼い頃の真生少年は、その言葉が欲しくて頑張った。何かができるようになれば、褒めてもらえるかもしれない。
何か結果を出せば、認めてもらえるかもしれない。でも、なかなか聞くことはできなかった。
大人になってからは、
「そういうことを言わない親父なんだ」
と納得していた。
その父が、自分の未来を見たいと言ってくれた。当時、真生さんは25歳。体格だけなら、十分すぎるほど大きかった。
では父の言う「大きくなった姿」とは何だろう。
真剣に考えていると、一つの光景が浮かんだ。
大きなステージ。目の前には、数え切れないほどの人。そして、自分が大好きなマジックを通して、人々の心が大きく動いている。
そんな景色だった。
とはいえ、父に残された時間は約1か月。そんな途方もない景色を現実にするには、時間が足りない。
それでも真生さんは、父の前ではマイナスなことを言わないと決めていた。
だから答えた。
「今思い描いた100を、あと1か月で見せるのは難しいかもしれへん」
「でも、0から1を作る」
「1になったものを積み重ねていけば、いつか必ず100になるから」
「だから安心して。少しでも長く見守っていてほしい」
そして真生さんは、本当に動いた。
それまでマジックは、知人の結婚式や企業イベントなど、依頼を受けて披露するものだった。
今度は違う。
自分から手を挙げて、自分のショーに人を集める。初めての自主開催だった。
時間はない。台本もない。音楽はどうする。何を演じる。どうやって客を集める。わからないことだらけ。
それでも日程を決め、SNSで告知した。すると、それまで人生で出会ってきた人たちが集まってくれた。
会場は満席になったのだ。
そして本番。
当然、グダグダだった。セリフは飛ぶし、頭は真っ白。初めてなのだから当たり前だ。
それでも約2時間を走り抜いた。そしてショーの最後、父へ書いた手紙を読み上げた。
すると会場のあちこちで、人が泣いていた。
上手なマジックを見て泣いたのではない。一人の息子が、父親へ伝えようとしている感謝に、心を動かされていた。
翌日。
真生さんは病院へ行き、ショーの出来事を父に話した。
すると、生まれて初めて見るものがあった。
父の涙だった。
号泣ではない。たった一滴だったかもしれない。
でも、確かに涙だった。真生さんは思った。
「これだ」
不思議。面白い。すごい。マジックには、それだけでも十分な力がある。
でも、自分が作りたいものは、その先だ。
人生の中で忘れられない、かけがえのない瞬間を作る。そんな人間になるんだ。
亡き父との約束から、「魔法使い・真生」が生まれた。

いじめられっ子が、三宮の路上に立つまで
今の真生さんだけを見れば、昔から豪快で、怖いもの知らずだったように思える。
しかし、本人の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「18歳までは、ずっといじめられっ子でした」
精神的にも、肉体的にも続いた。
母親が作ってくれた弁当をぐちゃぐちゃにされたこともある。自分が傷つくこと以上に、母親の思いを踏みにじられたことが悔しかった。
「どうやったら簡単に死ねるんやろ」
そんなことまで考えていた時期がある。それでも、喧嘩でやり返したことはないという。
にわかには信じ難いが。
そんな少年時代の自分に今、何か言えるとしたら。少し考えて、真生さんは答えた。
「生きてれば、いいことあるよ」
この言葉は、生き延びた人間にしか言えない。
高校卒業後、真生さんは神戸製鋼所へ就職した。
そこで環境が変わった。
小学校、中学校、高校では、過去の自分を知る人間が次の学校にもいた。しかし社会に出ると、それがゼロになった。
過去の真生を知る人はいない。
そして幸運にも、
「この子、マジックできるんだよ」
と周囲に紹介してくれる人が現れた。
それまでの「いじめられていた真生」ではない。「マジックができる真生」として、新しい人間関係が始まった。
マジックを披露すると、人が笑った。喜んだ。
ある時、一人の客がお金を差し出してくれた。
真生さんは断った。趣味でやっているだけだから、と。
すると、その人が言った。
「お金をもらってやった方が、もっと上手くなるよ」
上手くなりたくないわけがない。初めてマジックでお金を受け取った。
そして2015年7月30日。三宮駅前。待ち合わせをする人が集まる場所に立った。恥ずかしいからサングラスをかけ、
「マジック見てください」と書いた紙を掲げた。ストリートマジシャン、真生の始まりだった。
やがて世の中では、「好きなことで、生きていく」という言葉をよく目にするようになった。
自分もそうしたい。でも怖い。会社を辞めれば、50歳、60歳になった時どうなるのか。
しかも神戸製鋼所。
周りからは、
「いい会社に入ったな。絶対辞めるなよ」
と言われた会社だ。
辞めたいと思ってから3年。なかなか踏み出せなかった。そんな時、先輩から一つの言葉をもらった。
「人生に迷った時は、勇気が必要な方を選択すれば必ずうまくいく」
仕事を続ける。仕事を辞める。どちらに勇気が必要か。答えは明らかだった。
6年勤めた会社を辞めた。ただし、ここから美しい成功物語が始まったわけではない。
福岡へ渡り、訪問販売もした。インターホンを押しては怒られた。
貯金もほとんどない状態で会社を辞め、1年間で借金まで膨らんだ。
「人生、終わったな」
そう思っていた頃に、父の余命宣告が重なった。
だからこそ、真生さんは今こう言える。
「人生、終わったと思った瞬間に始まるもんです」
ずいぶん乱暴な言葉だ。でも、この男が言うと、妙に説得力がある。

370回、一度も涙のなかった日はない
父のために始めたマジックショーは、父が亡くなったあと姿を変えた。
もうそこにいない父に、毎回手紙を読むわけにはいかない。
ならば、来てくれた人に、手紙を書いてもらおう。
こうして生まれたのが、現在のマジックショー「GIFT」である。
GIFTは、一人では参加できない。
「ありがとうを伝えたい大切な人」と一緒に参加する。
そして日頃なかなか言葉にできていない思いを、事前に手紙へ綴る。
手紙は受付で預ける。相手には秘密だ。
ショーの最後。参加者たちは、用意された封筒を手にする。そして、その封筒を開ける。
そこから先は——たぶん説明しすぎない方がいい。
実際に会場へ行って、自分で体験してほしい。
真生さんは言う。
「そこで、本当の魔法が起こるんです」
さらにGIFTには、もう一つ珍しい仕組みがある。
完全紹介制だ。一般的なショーなら、自分でチケットを買って見に行く。
GIFTは違う。以前参加した誰かが購入したチケットを受け取り、まず参加する。
そしてショーを体験し、
「これは次の誰かにも届けたい」
と思ったら、帰りにお金を支払う。そのお金が、次の誰かのチケットになる。
自分が伝えた「ありがとう」が、次の誰かの「ありがとう」を生む。さらにその人が、また次へ渡す。
感謝の数珠つなぎだ。
7年間で開催は370回を超えた。
そして驚くことに、涙のなかった回は、一度もないという。
100回を超えた頃、真生さんは決めた。
一生続ける。
今日誰かが伝えたありがとうが、10年後、顔も名前も知らない誰かのありがとうにつながっているかもしれない。
「あの人がつないでくれたから、私はこの人にありがとうを言えた」
そんな未来が積み重なったら、きっと世の中は少しだけ優しくなる。
現在はGIFTをさらに大きな「人生のきっかけを作る場所」へ育てようとしている。
真生さんにとって、魔法とは超能力ではない。
人生を振り返った時、
「あの日の出会いがなかったら」
「あの選択をしていなかったら」
「あの出来事がなかったら」
今の自分はいなかった。そう思える瞬間こそが、魔法なのだ。だから、ありがとうだけではない。
出会い、学び、経験、挑戦、そんな人生のターニングポイントを生み出す場所を、これから作ろうとしている。
スポンサーも募っている。目標は12人。理由は、トランプの絵札と同じ数だから。実にマジシャンらしい笑
現在10人。
しかも、お金を持っている人を選ぶのではないという。
自分自身が応援したいと思える人に、スポンサーになってもらう。
支援されたら、自分も相手を全力で応援したい。ただのお金の交換ではなく、応援の交換にする。
「綺麗事やろ、とよく言われます」
そう笑ったあと、真生さんは続けた。
「じゃあ、やります」
いい。私はこういう綺麗事が大好物だ。
綺麗事は、言っているだけなら綺麗事で終わる。でも、370回やれば実績になるのだから。


父が始めた魔法を、もう一人の大切な人と
なぜ、そこまで続けられるのか。そう尋ねられることがあるという。
真生さんの答えは、とてもシンプルだ。
「約束したからです」
父との約束。それだけでも十分すぎる理由だと思っていた。
しかし、今回のインタビューで、もう一人の存在を教えてくれた。
GIFT100回目のショーに、お客さんとして来てくれたその人は、ショーを心から気に入ってくれた。
そしてその後約3年間、保育士として働きながら、土日になると真生さんと全国を回り、GIFTを支えてくれた。
大事な仲間だった。一緒にこれからも続けていくはずだった。
しかし、がんが見つかった。
余命半年だった。
それでも、その人はGIFTを手伝い続けた。そして、宣告から約半年後、この世を去った。
インタビューの約3か月前のことだった。
まだ、あまりにも近い。
それでも真生さんは、まっすぐ言った。
「自分の命より大切にしてくれたものなので」
「親父がきっかけを作ってくれて、その人が大切にしてくれたGIFTを、辞める理由なんてどこにもない」
華やかなステージの裏には、大変なこともある。
全国を回り、人を集め、ショーを作り続ける。思うようにならないことだって、きっと何度もある。
それでも約束は、人を前へ進ませる。
不思議なことに、父とその大切な仲間には共通点があった。
二人は、誕生日が同じだった。
もちろん、ただの偶然なのかもしれない。
けれど、真生さんの人生をここまで聞いたあとでは、どうしても「ただの偶然」で片付ける気にはなれなかった。
父がきっかけを作ったGIFT。
そのGIFTを、今度は命の残された時間まで使って大切にしてくれた仲間。
その二人の誕生日が同じだなんて、まるで父から託された何かを、別の誰かが受け取り、もう一度真生さんの前に届けに来たようにも思える。
人生には、ときどき説明のつかない巡り合わせがある。
それを真生さん流に呼ぶなら、きっとこれも「魔法」なのだろう。

そしてもう一つ。
少年時代、テレビの中のマジシャン・セロに憧れていた真生さんには、信じられない出来事も起きた。
余命わずかな父のためにマジックショーを始めた若者がいる。
その話が、巡り巡ってセロ本人の耳に届いた。
ある日、真生さんのもとに届いたのは——セロからのビデオレターだった。

真生さん自身への、本物のサプライズである。
さらにその縁から、一度ラスベガスでセロのショーの裏方として呼ばれたことまであるという。
テレビの向こう側にいた憧れの人。いじめられていた少年には、想像することすらできなかった未来だろう。
だから真生さんが、昔の自分へかけたあの言葉がもう一度胸に響く。
「生きてれば、いいことあるよ」
人生は、ときどき残酷だ。
大切な人との別れもある。どうにもならないこともある。
それでも、一歩踏み出した先でしか出会えない景色もある。
父親の手を握ることさえ恥ずかしかった青年が、今では日本中を歩き、人の心と心をつないでいる。
0から作った「1」は、370を超えた。
けれど、彼が父に見せたかった「100」は、きっと回数の話ではない。
誰かが大切な人を思い、言えなかった言葉を伝え、涙を流し、その思いをまた次の誰かへ渡していく。
その景色そのものなのだと思う。
最後に真生さんは、まだGIFTを知らない人へ、こう語った。
「大切な、感謝を伝えるべき人に、ありがとうを伝えられていますか?」
伝えたい言葉があるなら。会いたい人がいるなら。「いつか」でいいと思っているなら。
少しだけ、思い出してほしい。
人生の最初の一歩には、勇気がいる。
そして、その一歩の先には、ときどき魔法が待っている。

インタビュー後記
第一印象の驚きの余韻がまだ残っている。
その上、仙人のような顎鬚の男が魔法使いを名乗るのだから、
頭の中に避難を促す緊急地震速報のあの嫌な音が流れてもおかしくない。
この男が昔はいじめられっ子で、人を殴ることもできず、父親の手を握ることさえ恥ずかしくてできなかったという。
人は本当に、見た目ではわからないものだ。
そしておそらく、真生という男の一番すごいところはマジックではない。
カードを消せることでも、何かを突然出現させることでもない。
「ありがとうを言いたい。でも恥ずかしい」
という、誰の心にもある数センチの距離を縮めることだ。
その数センチを越えられなかった自分自身を知っているからこそ、今度は他人が越える手伝いをしている。
父親の手を握ったあの日の勇気が、370回以上のショーになった。
そして父との約束は、もう一人の大切な仲間へ受け継がれた。
私はインタビュー中、ある言葉を聞いて妙に納得した。
「人生終わったと思った瞬間に始まるもんです」
会社を辞め、借金を抱え、父の余命を告げられた男が言うのだ。間違いなんてあるものか。
普通の人が言えば、かなり危険な自己啓発でも、この人が言えば話は別だ。
実際に終わりだと思った場所から、人生を始めてしまった。
ちなみに「善人とはどんな人ですか」と聞いたら、随分考えた末に、価値観やあり方、自分との相性について答えてくれた。
鏡を渡せばよかったかなとも思う。
善人かどうかなんて、本人には案外わからない。
ただ、亡くなった父との約束を守り続け、亡くなった仲間が命の残された時間まで使って守ったものを「一生続ける」と言う人間を、
少なくとも私は悪人とは呼べない。たとえ風貌はそっちよりだとしても笑
そして何より、彼の名前は「真生」。
まっすぐ生きてほしい。
そんな願いを込めて父と母がつけてくれた名前だという。
父へ聞くために用意した最初の質問が、
「なんで真生って名前にしたの?」
だった。
あれから7年。
もし今、もう一度父親に会えるなら、今度はこちらから聞く必要はないのかもしれない。
日本中を飛び回り、誰かの「ありがとう」をつなぎ、大勢の人を泣かせている息子を見れば、
父親の方から言ってくれる気がする。
「真生、大きくなったな」
その言葉を聞いた時。
たぶん、今度は魔法使いの方が泣く番だ。
お問い合わせ
真生(MASAO)@魔法使い
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*お問い合わせの際、『区民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。
山元 直樹
2026/09/15(火)