【雛見世のだんだら幕や春の風】

 所狭しと並ぶ人形、それを眺めて浮き立つ人たち……一体なんの光景かというと、江戸時代に催された「雛市(ひないち)」の賑わいです。
 雛人形を飾り、女子の成長と幸福を願う3月3日の雛祭りは、古代中国の上巳(じょうし)の節句と、日本古来の風習が長い歳月をかけて混じり合い生まれた行事です。雛人形を飾りお祝いするという形が盛んになったのは、江戸時代。私たちのよく知る雛段(ひなだん)を造り飾り立てるようになったのも、江戸の頃からといいます。
 江戸中期の享保(1716~36)には、雛飾りを売る臨時の市が立つようになりました。今回掲げた江戸名所図会で描かれている日本橋の十軒店(じっけんだな)も、そのひとつです。市は2月25日から3月初め頃までで、いつもは違う商売をしている店も、この間は雛商人に店を貸しました。端午の節句(5月5日)の頃にも幟市(のぼりいち)が立ちましたが、3月と5月に店を貸せば1年分の家賃が取れたほどだったといいます。
 左上に描かれた店も、幕(まく)の向こうにお品書きのようなものが隠れ見え、もともと別の店であったことがうかがえます。通りの真ん中の中店では中古の雛人形も売られていましたが、左上の店は新品を扱っていたようです。座敷には上等そうな着物を着た3人の女性が座り、母親らしき女性が人形を手に持ち吟味しています。内裏雛にはみえませんので、おつきの人形を買い足しに来たのでしょう。傍らの娘さんも、嬉しそうな笑みをみせています。
 江戸時代には活気にあふれた十軒店の雛市ですが、昭和の初めの頃には「繁華は附近のデパートに奪はれて、往時のおもかげは全くなく」といった状況であったといいます(『発明』29(3))。今は廃れ、みられなくなってしまったかつての賑わい。表情豊かに描かれた江戸名所図会をご覧になって、当時に思いを馳せて頂ければ幸いです。

掲載画像:
松濤軒長秋編輯(斎藤幸成編)・長谷川雪旦図画「十軒店 雛市」『江戸名所図会 一』(部分)
東京都公文書館・デジタルアーカイブ
https://www.archives.metro.tokyo.lg.jp/detail?cls=collection_01&pkey=000106151 (45コマ目)
主要参考文献:
平山敏治郎「雛市」『国史大事典』
山吹下枝「春秋昔話(三)」『発明』29(3)、1932年
山田徳兵衛『日本のおもちゃ』芳賀書店、1969年

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13 いいね! ('25/03/04 04:00 時点)