大工になる。それは子どもの頃から決まっていた
野村勇さんは、鹿児島県霧島市溝辺町で生まれ育った。
本人に「溝辺の好きなところ」を聞くと、少し考えてからこう答えた。
「溝辺というより、田舎で、隣近所が少ないところに住むのがいい」
実に野村さんらしい答えだ。便利さよりも、余白。人の目よりも、自分の手で動ける環境。
コンビニに行くにも車が必要な土地だが、そこには都会にはない自由がある。
子どもの頃から、勉強は好きではなかったという。けれど、ものづくりは好きだった。
家が大工だったこともあり、将来は大工になる。それは小学生の頃から揺らがなかった。
さらに野村さんの幼少期を語るうえで欠かせないのが、重機や農機具だ。
小学校高学年の頃には、田んぼで使う機械を動かすのが自分の担当になっていたという。
今ならなかなか考えにくいが、そこには田舎ならではの実践教育があった。
教科書ではなく、現場。
机の上ではなく、土の上。
野村さんの仕事観は、すでにこの頃から形作られていたのかもしれない。

◇野村 勇(のむら いさむ)
株式会社猫の手 代表取締役
鹿児島県霧島市溝辺町在住。
草刈り、伐採、樹木管理、重機作業、外構工事、各種雑工事まで、「どこに頼めばいいかわからない困りごと」を解決する現場のスペシャリスト。
◇保有資格・免許
・二級土木施工管理技士・第二種電気工事士・車両系建設機械(整地・運搬・積込・掘削)・車両系建設機械(解体)・小型移動式クレーン・高所作業車・フォークリフト・玉掛け・職長・安全衛生責任者・チェーンソー・刈払機・伐木等機械運転・地山掘削・土止め支保工・大型自動車免許・大型特殊免許・けん引免許
「速く走るにはブレーキが必要」理屈っぽい教えが、今も残っている
野村さんが子どもの頃に影響を受けた人物として挙げたのが、親戚の“初男おじちゃん”だ。
父親から見れば理屈っぽい人だったらしい。だが、野村さんにはその言葉がよく響いた。
特に印象に残っているのが、車の話だ。
車を速く走らせるために必要なものは何か。
普通ならエンジンと答える。
しかし初男おじちゃんは言った。
「速く走るためには、ブレーキが必要なんだ」
速く走れる車ほど、それを止められる力がいる。止まれない車は、速く走り続けられない。
この考え方は、今の野村さんにもつながっている。
勢いだけではない。
便利なだけでもない。
きちんと止まれること、考えられること、責任を持てること。
草刈りも伐採も重機も、ただ大胆に動かせばいいわけではない。むしろ危険な仕事ほど、止める力、見極める力が問われる。
野村さんの仕事には、この“ブレーキの哲学”が息づいている。

失敗も勉強。その悔しさが、あとで効いてくる
中学時代、野村さんは弓道に打ち込んでいた。部活推薦で高校に進めるほどの実力があったという。
しかし、行きたかった高校には落ちた。
理由は、本人いわく「英語ができなすぎた」。
ここで普通なら、「あの時もっと勉強しておけば」となる。実際、多くの人が過去の自分に言いたい言葉として「勉強しろ」を挙げる。
だが、野村さんは違った。
もし当時の自分に声をかけるなら、こう言うという。
「失敗も勉強だから、そのまま行け」
資格も同じだと話す。必要に迫られず、ただ取るだけの資格と、現場で本当に必要になって取る資格では意味が違う。
困ってから学ぶ。必要になってから本気で覚える。
その時に入ってくる知識は、ただの紙ではなく“使える力”になる。
野村さんは、失敗を美談にはしない。だが、無駄にもしていない。
「聞いた話は、あくまで聞いた話。自分で感じることが大事」
この言葉は、重い。
鹿児島弁の柔らかさに包まれているが、中身はかなり骨太である。

「猫の手」は、地域の困りごとに手を伸ばす仕事
野村さんの現在の仕事を一言で表すなら、「なんでも屋」に近い「便利屋」。
草刈り、伐採、雑工事。地域の人が「誰に頼めばいいかわからない」と思うことに応える。
会社名は、株式会社猫の手。
まさに“猫の手も借りたい”時に現れる存在だ。ただし、実際に来るのは猫ではない。重機を操り、木を見上げ、現場を読み、淡々と仕事を進める野村さんである。誰がどう見たって猫というより虎だ。
近年は、地域でも木に関する相談が増えているという。
林業の流れで山の木が切られ、周囲の風の通り方が変わる。大きな台風で「まさか倒れないだろう」と思っていた木が倒れる。公園の木が倒れたニュースを見れば、自宅の木も気になる。
そうした不安の先に、野村さんの仕事がある。
木を一本切るだけでも、風の通り道は変わる。高さ二十メートル、三十メートルの木がなくなれば、周囲の環境も変わる。
だからこそ、ただ切ればいい仕事ではない。
そこには、現場を見てきた人間の感覚が必要になる。

現場から生まれた機械が、未来を変えていく
野村さんの面白さは、作業をするだけにとどまらないところにある。
「伐採を変えたいわけじゃない。機械を作っていきたい」
そう語る。
実際、野村さんは現場で必要だと感じた重機のアタッチメントをメーカーに相談し、形にした経験がある。
四国のメーカーと現場を見ながら話を進め、仮図面が作られ、商品化された。現在ではそのメーカーのカタログにも載り、展示会にも並んでいるという。
しかも、その機械はすでに数千万円規模で売れているらしい。
ただし、野村さんには今のところ一円も入っていない。
ここはぜひ声を大にして言いたい。野村さん、次からはロイヤリティです。せめて一台売れたらラーメン代くらいはもらいましょう。いや、ラーメンだけでは足りない。チャーシューも乗せましょう。
とはいえ、本人の望みはお金じゃない。
「何台売れたかがわかるようにしてほしい」
自分の発想がどこまで広がったのか。現場で困っていた誰かの助けになっているのか。それを知りたいのだ。
この感覚が、野村さんらしい。
机上の開発ではなく、現場からの開発。
理屈だけではなく、実際に使える道具。
困っている人のために、まだ世の中に足りないものを形にする。
株式会社猫の手の未来は、単なる便利屋では終わらないかもしれない。

若い人が頑張るなら、応援したい
地域のためにやりたいことを聞くと、野村さんはこう答えた。
「地域とか関係なく、若い人が頑張るなら応援したい」
年上が若者を押さえつける姿を見るのが嫌なのだという。
「若いやつがお前何を言うか」と言う大人にはなりたくない。若い人は間違う。けれど、それも含めて応援したい。
この言葉には、野村さん自身の人生観が詰まっている。
失敗も勉強。
怒られるのも勉強。
やってみないとわからないことがある。
だから若い世代にはこう伝えたいという。
「一生懸命遊んで、一生懸命仕事しろ」
仕事に穴を開ける遊びはダメ。でも、遊びも仕事も全部経験。小さくても大きくてもいいから、思ったことに挑戦すればいい。
この言葉は、説教ではない。
経験してきた人の実感だ。
野村勇にとっての善人とは
最後に、「善人とはどんな人か」と尋ねた。
野村さんの答えは、少し意外で、しかし非常に本質的だった。
「野良猫に餌をやるような人は、悪い人だと思ってる」
一瞬驚く。
株式会社猫の手の代表が、猫に厳しいことを言う。
だが、続く言葉で意味がわかる。
それは手先だけの優しさだからだ。本当に思うなら、引き取るのか、手術をするのか、その先まで考えるべきだと。
表面で動かない人。
人に見せるためではなく、本当に相手のことを思って動ける人。
前に出なくても、人を助けられる人。
それが、野村勇さんにとっての善人だ。
この定義は、野村さん自身の姿にも重なる。
目立つことが目的ではない。
困っている人がいるから動く。
必要なものがないなら考える。
若い人が頑張っているなら応援する。
猫の手は、ただ貸すものではない。
その先まで考えて差し出すものなのだ。

インタビュー後記
野村勇さんを一言で表すなら、「鹿児島弁で話す現場型アインシュタイン」である。
本人は相対性理論を「よくわからない」と言いながら、アインシュタインの考え方の“辻褄の合わせ方”に惹かれたという。
ここが実に野村さんらしい。
過去の自分を間違いとして切り捨てない。失敗も、遠回りも、今につながっているものとして考える。
そして現場では、木を見て、風を読み、機械を考え、若い人を応援する。
話し方は淡々としている。派手な名言を言おうとしている感じもない。むしろ、こちらが必死に掘らないと宝石が土の中に埋まったまま終わるタイプだ。
ただ、その宝石は掘る価値がある。
株式会社猫の手。
名前だけ聞けば、かわいい。だが中身は、草刈り、伐採、重機、現場改良、機械開発。猫の手どころか、もはや、株式会社虎の牙である。
しかも本人は、未来の自分に「調子に乗るなよ」と言う。
いや、野村さん。
あなたはもう少し調子に乗ってもいいかも。
だって、初男おじちゃんが言ったブレーキの意味をちゃんと理解して、今日まで守ってきたのだから。
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