蒲田モダンという言葉をご存知だろか。

大正昭和初期に東京蒲田の街に、
新興、先端の産業が生まれた。
流行は蒲田と呼ばれた映画撮影所、田園都市思想に影響され従業員の社宅や畑や小学校や幼稚園を併設したタイプライター工場村、世界最高級品質を目指した洋陶器工場が創立された。
また、人工香料やエレベーターやクリスタルガラスなど「日本初」の冠がつく工場も設立された。
個人の創作活動としても、後の人間国宝になる型絵染の芹澤銈介が工房を立ち上げ、小説家坂口安吾も多くの作品を生み出した。昭和の怪優小沢昭一の実家小沢写真館もこの地にあった。

当時の蒲田は、周囲には、田畑や雑木林や池や沼もあり自然も豊かなエリアだったが、モダン蒲田とも呼ばれていたのだ。

平成に入り、新開地である蒲田で生まれた先端の精神を持って生まれた産業や活躍した人々への畏敬の念を込めて「蒲田モダン」と呼ぶ人々が現れ、「蒲田モダン研究会」が生まれた。

蒲田切子のネーミングは、「蒲田モダン」がきっかけだ。
蒲田の街の歴史に感銘を受けて
オリジナルデザインの切子を蒲田切子と名付けた。

見たことのないモノづくり
見たことのないデザイン
見たことのないストーリー
読んだことのない物語

新しさを生み出してきたエネルギは、
100年経っても色褪せない。
蒲田モダンの魅力だ。

#蒲田モダン
#蒲田モダン研究会
#蒲田切子

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18 いいね! ('25/12/28 08:00 時点)