クローラン悦子 仙台出身 父の転勤を機に西東京市へ。アメリカ人のご主人との結婚を機に川崎市幸区へ在住。
幸区PTA協議会会長。
地域教育コーディネーター
PTA連絡協議会理事
トーキョーコーヒーNo180 主宰者
※登校拒否のアナグラム
地元の親御さんの居場所作り
寺小屋night発起人
ほめ写アンバサダー
教育立国推進協議会への参画
川崎市幸区100人カイギ キュレーター Etc
様々な活動の肩書を持つ。
そんな彼女の教育の原点は中学時代のオーストラリアへのホームステイの経験。視野が一気に広がったと話す。
子どもの頃の夢は小学校の先生。そんな思いが日々の活動に生かされている。
クローラン悦子さんと「地元開拓13年目の扉」が開く音幕開けは、一編のミュージカルから
ご紹介者である演出家・嶋田氏が手掛けた市民ミュージカル。それが、今回の主役であるクローラン悦子さんと私を結びつけた原点です。
当初は広報活動の傍ら、合唱の。。。という軽やかな気持ちだったという彼女。しかし、一歩足を踏み入れた舞台裏は、保護者たちの献身的な支えなしには成り立たない、熱気と緊張感に満ちた世界でした。
当初大人の演者の数が少なく表舞台にもチャレンジすることに一歩踏み出しました。これも昨年から区内の公立小学校で、学校サポーターする際音楽の授業を児童たちと一緒に受けるようになって、自身が小学校の頃合唱団に所属していた血が騒いで挑戦したという。
ちょっとした不安も超がつく程のpositive thinkingで乗り越えるパワーに圧倒です。
「頑張る人を、みんなで応援する」
あの場所で感じた、理屈を超えたエネルギーの循環。幕が下りた後、彼女はその情熱を抱えたまま、日常という名の「次なる舞台」へと歩み出しました。それは、13年という月日をかけた、地域と教育を耕す長い旅の始まりでした。
公教育の「画一性」を揺さぶる
彼女の視線は、明治以来変わらぬ日本の教育構造にも向けられています。 中学時代のオーストラリア体験。自由な教室移動、メイクの授業、そして「言語の壁」を超えた対話。その多様性に触れた彼女にとって、日本の「前例主義」はあまりに窮屈でした。
「先生だって、もっと自由になっていい。時には頼ったっていい」
週に二度、学校サポーターとして現場に立ち、多様の子どもたちを見守る彼女は、親と教員が「親友」のような目線で支え合う姿を理想とします。行政に委ねるのではなく、江戸時代の寺子屋のように、市民の手で教育を再発明する。そのための「オモロー授業発表会」や「教育立国推進協議会」での活動は、すべて地続きの挑戦です。そんな彼女の小さい頃の夢は小学校の先生でした・・・。
地域活性とPTA改革の軌跡
「お金」と「感謝」を循環させる:ある改革者が描く、新しい地域のカタチ
コロナ禍の活動自粛でどうしても繰り越ししてしまい積み重なった余剰のお金の使い道として、そのまま通帳に刻み続けるべきか、今在籍している子供や学校強いては保護者地域に有効に活用するすべはないか模索し始めた。それは、通帳に刻まれた「眠れる数字」への違和感から始まりました。 「予算は使い切るもの」という行政文化の影で、動かないお金がただ積み上がっている現状に、クローランさんは静かな、しかし確かな異を唱えました。
「お金を悪としない。道具として、上手に回すことで活動は持続可能になる」
彼女が挑むのは、日本の地域社会を縛り続けてきた「無償奉仕」という呪縛の解体です。
例えば、防災備蓄品の充実 DX化のためのネット環境の整備などに活用してきました。
これだけ無駄使いをしなかったと毎年積みあがる残高だけが成果ではない。未来のこどもたちの役に立てるお金をどのくらい投資できたか。
お金を使うことは地元経済活性にも繋がります。
離任式の花束は地元のお花屋さんに頼む。イベントでのお弁当は地元のお弁当屋さんに頼む。など地域と人。発展と貢献も忘れません。

「善意」を「持続可能」な仕組みへ
クローランさんの改革は具体的です。たとえば、今まで100%保護者(PTA会員)で活動していた朝の見守り運動を、地域の方に声がけをし協力を仰ぎ、有償サポーター制度の提唱をし、昨年度からトライアルとして取り入れた学校もあります。保護者頼みの「無理な奉仕」から、地域人材への「目に見える感謝」へ。南生田小の活動を参考にしたという彼女。他の地域の良き活動へのアンテナも張っている。
彼女が描く未来図は、**「教育×経済の地方創生」**です。「Contribute=Cash(貢献には対価を)」。この潔い価値観の導入こそが、非営利組織に「体温」を取り戻す鍵になると、彼女は信じています。
幸区歴13年目の信頼、そして「徒歩圏内」の未来図
川崎市幸区・南加瀬。歴史ある地主層が厚いこの街で、当初、彼女は“よそ者”でした。 しかし、彼女は逃げませんでした。13年という月日をかけ、地道な挨拶と、顔の見える対話を積み重ねてきました。
その誠実さは、やがて数字となって現れます。外部料金を払っていた自治会館が、今では「地域を支える活動」として公認され、子供会価格(1枠500円)での利用が認められるようになったのです。
行政のルールに縛られすぎず、必要ならば営利への転換も視野に入れた、機動力ある場づくり。彼女が描くのは、**「教育と経済を、徒歩圏内で地産地消する」**という、温かな未来の設計図です。
「不登校」は、心が奏でる再調律(チューニング)
彼女の活動の根底には、独自の深い教育哲学があります。それは、不登校という現象を「欠落」ではなく、**「再調律(チューニング)」**と捉える眼差しです。
「『楽(らく)』という字は、木の上に弦を張った打楽器の形から来ています。本来の意味は、心と世界が調和し、適切なリズムを取り戻した状態のこと」
彼女は語ります。楽器の弦を無理に巻き上げれば、音は狂い、やがて弦は切れてしまいます。不登校とは、過剰なプレッシャーという「ノイズ」の中で不協和音を起こした心が、自分を守るために本来の音色を取り戻そうとする、本能的な防衛反応なのです。
だからこそ、大人は焦ってはいけない。 「親が学校の代理人になるのではなく、家庭を絶対的な『安心基地』にすること」 彼女は正規教員ではなく、あえて週2回の「学校サポーター」という立ち位置を選びました。現場の内外から「できないことは、できないと言っていい」というフェアネス(公平さ)を取り戻すために。
親の居場所作り
クローランさんが主催する「トーキョーコーヒー(TKCF)No180」は教育立国推進協議会より重要視されているとのこと。 一見、カフェの名前のようですが、実は「登校拒否」のアナグラム(文字入れ替え)です。「不登校は子どもの問題ではなく、大人の課題である」という視点から、全国で広がるこのムーブメント。彼女はここを、地元の親御さんたちが自分を取り戻すための「絶対的な安心基地」**として運営しています。
「まずは大人が、農業や編み物、料理など、好きなことに夢中になって自分を癒やす(リトリート)。大人がアップデートされる姿を見て、子どもたちは『大人は楽しそうだ』と安心し、自信と意欲を取り戻していくんです」
「教育とは、子どもの成長の邪魔をしないこと」と断言する彼女。大人が肩の力を抜き、語り合う。その「親の居場所」があるからこそ、子どもたちは誰からも何も押し付けられず、自分だけの音色を奏で始めることができるのです。
「頑張らないで、夢中になる」
インタビュー中、家族の話になると、彼女の表情はふっと和らぎました。 地域のために「出る杭」となって走り回る彼女を、誰よりも理解し、誇りに思っている夫と子どもたち。その「最強の味方」がいるからこそ、彼女の心は折れることがありません。
ミュージカルの舞台裏で見たあの高揚感を、今度は地域の仕組みの中にデザインしていく。 杭は打たれても、道は拓く。 「ワクワク」を合言葉にしたクローラン悦子さんの挑戦は、今日もこの街のどこかで、新しい物語を紡ぎ続けています。
インタビュー後記
今回のインタビューを通じて最も心に残ったのは、クローラン悦子さんの「しなやかな強さ」でした。
地域という、時に複雑で保守的な場所に飛び込み、13年もの歳月をかけて「信頼」という名の種をまき続けてきた彼女。その道のりは決して平坦ではなかったはずです。しかし、彼女の口から語られる言葉は、どれも軽やかで、明日への希望に満ちていました。
何より印象的だったのは、彼女を支えるご家族の存在です。 「お母さん、すごいね」と背中を押してくれるお子様や、活動を静かに支えるご主人。そんな温かな「ホーム」があるからこそ、彼女は「アウェイ」に見える世界へも果敢に飛び込んでいけるのでしょう。
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