善人承継 リレーインタビュー
【善人承継インタビュー】「人生、色々あるけどさ。泥臭くても、素直に笑って生きていこうよ」
加藤 由紀 (かとう ゆき) さん インタビュー

兵庫県出身

趣味  美容、おしゃれ、推し活


地域で泥臭く、しかしどこか飄々と生きる人々の「生きた証」を次世代へと繋ぐ『善人承継リレーインタビュー』。

今回の主人公は、時代の大きなうねりの中で葛藤し、傷つき、叫び、そして己の足で再び立ち上がってきた一人の女性である。

彼女の語る言葉には、決して格好つけた成功哲学などない。そこにあるのは、どこまでも泥臭く、どこまでも人間らしく、だからこそ読む者の胸を揺さぶる「生き方の真実」だった。


名前に込められた、ハイカラな血筋


加藤さんの名前は、「由紀」と書く。とても柔らかく温かい響きを持つ名前だ。


1月生まれで、生まれた日に雪が降っていたという単純な理由からつけられた名前だったそうだが、そこには少し微笑ましいエピソードがある。漢字の候補もあり、昔、親戚のおばさんが「日記の『記』」と書いてお年玉をくれていた。なので、名前がどちらが本当か迷いながら書いていた記憶もあるという。

昭和の後半といえば、女の子の名前には「〜子」とつけるのが圧倒的王道だった時代。その時代にあえてひらがな二文字で「ゆき」と名付けた親の感性を、加藤さんはこう振り返る。「昭和のあの時代に、ちょっと最先端というか、トレンド好きなハイカラさんだったのかなって思います。私自身も昔から新しいものやキラキラしたものが好きなんですけど、その血はしっかり受け継いでいるみたいですね」


ご自身のルーツをどこか面白がりながら語る加藤さん。だが、その「トレンド好き」で「華やかな世界が好き」という感性は、後の人生において大きなギフトになると同時に、予期せぬ壁となって彼女の前に立ちはだかることになる。


華やかな世界と、裏腹に膨らむ「お金のブロック」


長年、ファッションや接客などのサービス業に携わってきた加藤さん。華やかなお洋服や洗練された空間に囲まれて働くことが本当に好きで、立ち仕事で体力は使いつつも、自分にとっては仕事というより「大好きな遊びの延長」のような感覚だったという。綺麗に身なりを整え、心地よい接客をし、お客様に喜んでもらうことが彼女のプライドでもあった。


しかし、その反面、予期せぬ事態が起きた。仕事で美しいものやゆとりのある世界に触れすぎたせいで、プライベートでも「もっと楽しいことがしたい!」「あそこに行きたい、これが欲しい!」という感覚がすくすくと育ちすぎてしまったのだ。


心の中では「真面目に働かなきゃ」と思っているのに、自分が求める楽しさや自由を手にするには、圧倒的に経済力が追いつかない。昔、少し離れた場所に住んでいた時期があり、「都会は遠いな、引っ越したいな」と思っても、引越し費用や生活資金のやりくりを考えるとすぐには動けない。お金に対する制限やブロックが、実はものすごく強かった。


かといって、「お金を減らすのが怖かった」わけではないと加藤さんは分析する。欲しいものがあれば使ってしまう。

けれど、「自分の力でゼロからお金を生み出す能力が自分にはない」という強烈な無力感。それが、彼女の胸の奥底に重く冷たい石のように居座っていたのだ。


「私たちはちょうど、昭和から平成にかけての教育を受けた世代ですよね。『いい学校を出て、大手に就職して、真面目に働いていれば年金も退職金ももらえて安泰だよ』と言われて育った世代です。投資なんてギャンブルだと言われた時代。だから、会社から毎月お給料をもらう以外の稼ぎ方なんて知らなかったし、考えたこともなかったんです」


だが、30代後半を迎えた頃、世界を揺るがすあの事態――コロナ禍が襲いかかる。


「自分には何もない」――土手で叫んだ日


2020年、新型コロナウイルスの世界的大流行。接客・サービス業は最も激しい打撃を受けた業界の一つだった。


加藤さんは運良く会社に守られていたため、路頭に迷うようなドン底までは行かずに済んだ。しかし、店舗の営業がストップし、給料の不安を考えた時、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けたという。「あ、私、会社という傘がなくなった瞬間に、自分一人でお金を生み出す能力が何一つないんだ」と。


路上でバナナの叩き売りができるような度胸もない。路上ライブで投げ銭をもらえるような肝っ玉もない。現実を突きつけられて、本当に青ざめた。


焦った加藤さんは、ステイホーム期間中に必死で動き始める。占星術を学び、医療事務の資格を取り、自分にできること、副業の種になりそうなものを片っ端から手当たり次第に勉強した。


しかし、根が「超・完璧主義」な彼女を、その真面目さが追い詰めていく。

中途半端な状態でスタートするのが嫌な性格で、しっかり理論を理解し、完璧に組み立ててからじゃないと動けない。

だが、学べば学ぶほど「なんで理論はこうして成り立っているのに、私はうまく形にできないの!?」と、

自分に対する苛立ちが爆発しそうになっていった。


頭がウニ状態になり、口を開けば愚痴や鋭い言葉ばかり出てしまう。

見かねた母親から「ちょっと気抜きなよ」「リラックスしたら?」と優しく声をかけられたが、

そのありがたい言葉にさえ「こっちは一生懸命やってんのに、できへんのが悔しいんや!!」と逆ギレしてしまう始末だった。


自分の感情がコントロールできなくなり、ある日、加藤さんは家を飛び出して近くの土手まで走っていった。


狂乱したみたいに大騒ぎするのは恥ずかしいからできないが、体に溜まりきったドロドロした感情を吐き出さないと、本当に破裂しそうだった。だから、土手へ行き、誰もいない川に向かって「なんでやねん!!!!」と思いっきり叫んだ。


叫び終わったあと、静まり返る川辺で一人立ち尽くし、「……私、何やってんのやろ」とジワジワおかしくなってきたという。そこからフッと肩の力が抜けていった。


実は20代の頃にも、人間関係でドン底に落ちて悩んだとき、なぜか思い立って一人で広島の原爆ドームまで行ったことがある。

辺り一面が焼け野原になり、多くの命が失われた場所が、今はこんなに綺麗な街になって、電車が走り、人々が美味しいものを食べて笑っている。その圧倒的な歴史の復興を目にしたとき、「人間ってすごいな。生きてるだけでありがたいな」と原点に立ち返ることができた。


土手で「なんでやねん!」と叫んだ日も、原爆ドームでたたずんだ日も同じ。完璧じゃない、不器用で格好悪い自分を、一回丸ごと受け入れるための“儀式”だったのかもしれないと加藤さんは語る。


母との連鎖、そして星が教えてくれた「多面的な自分」


土手での叫びを経て、加藤さんの「変化」は加速していく。自分一人で抱え込むのをやめ、実の母親をも巻き込んだ新しい学びの道へと足を踏み入れた。


一人暮らしの老後やこれからの生き方に不安を抱いていた母親に、「お金の勉強、絶対にした方がいいよ!すごい世界があるよ!」と声をかけたのだ。

最初は加藤さんの通信講座の手伝い程度だった母親が、どんどん本気になり、今では二人で同じマネースクールに通って「稼ぎ方」と「お金の増やし方」を学んでいる。


昭和を生きてきたサラリーマン思考の母親が、楽しそうに新しい知識を吸収している姿を見るのは本当に嬉しいと微笑む。

親子の間で、良い意味での「学びの連鎖」が起きているのだ。


また、コロナ禍の中で深く学んだ「占星術」も、彼女の人間観を大きく広げるきっかけとなった。


占いとは、ただの当たる八卦・当たらぬ八卦ではない。生まれた瞬間の星の配置を読み解く統計学であり、自分という人間の中に存在する「小宇宙」の地図なのだと加藤さんは言う。自分の内側には、怒りもあれば知性もある。喜びもあれば、破壊や絶望もある。一つの顔だけではなく、多面的な要素が渦巻いているのが人間なのだ。


昔は「どれが本当の自分なんだろう?」と悩んだこともあったという。接客をしている時のキラキラした自分、お金の計算をして現実的になっている自分、愚痴を言ってしまう自分、土手で叫ぶ自分。だが、占星術を知って「全部が自分なんだ 」と思えるようになった。


「人間なんて、年齢を重ねるごとに内面がそのまま外見や雰囲気に滲み出てくるじゃないですか。美容整形をして表面を繕うことは科学の力でできても、節々の動きや言葉の端々、醸し出されるオーラだけはごまかせない。50代に向かっていく中で、無理に若作りをするのではなく、自分の持っているドロドロした部分も人間らしさとして受け入れて、ごまかさずに素直に生きていきたい。それが一番格好いい大人の姿なんじゃないかって思うんです」



精神性と物質性――両方の足を地面につけて歩く



世の中に溢れる「スピリチュアル」や「理想論」についても、加藤さんは地に足のついた持論を持っている。


時に「これから愛の時代になって、お金なんて概念はなくなるんですよ」といった話を聞くこともある。何億年か先の未来にはそういう世界が来るかもしれないが、今こうして目の前で飲んでいる季節のコーヒーは、お金という対価を払って交換している現実がある。


お金とは、単なる紙切れや数字ではなく「エネルギーの循環」なのだと加藤さんは語る。感謝の気持ちやお支払いのエネルギーを循環させて、経済という仕組みの中で生きている。だからこそ、「精神性(心)」と「物質性(お金・現実)」は、車の両輪なのだ。どちらか片方だけでは、絶対に前に進めない。


「お金なんていらない」と極端に排除するのも違い、逆にお金のためだけに心を殺してズルいことをするのも違う。自分を満たし、周りの大切な人を守り、巡り巡って社会にちょっとした貢献ができるような豊かな循環を作りたい。そのために、泥臭くお金の勉強もするし、現実と泥臭く向き合い続けるのだという。


「生きた証」を次世代へ繋ぐということ

「私、自分に余裕がない時は『社会貢献したい』なんて口が裂けても言えなかったんです。


まずは自分を幸せにして、満たしてあげないと、他人に優しくなんてできないから」


そう語る加藤さん。遠回りしながら色んな痛みを経験し、土手で叫び、自分のダメなところも全部笑い飛ばせるようになった今、少しずつ「誰かの力になりたい」と思える余裕が生まれてきたという。


インタビューを終えると、加藤さんは屈託のない笑顔を見せた。


完璧な人間なんて、この世には一人もいない。

挫折し、格好悪い姿をさらし、泥をはね散らかしながらも、自分の足で立ち上がり、時代の変化をしなやかに面白がっていく。


加藤由紀という一人の女性が刻むその「生き様」は、迷い多き現代社会を生きる私たちに、何より温かく力強い勇気を与えてくれる。


「人生、色々あるけどさ。泥臭くても、素直に笑って生きていこうよ」


彼女の背中が、そう語っているようだった。





インタビュー後記

今回の取材を通じて感じたのは、加藤由紀さんという人物が持つ「圧倒的な素直さ」と「しなやかな強さ」です。


自分を過剰に良く見せようとせず、失敗談や感情の爆発さえも「人間味」として包み込み、笑いに変えていく。その姿勢こそが、彼女の周りに自然と人が集まり、新しい縁を引き寄せる最大の魅力なのだと実感しました。


変化の激しい時代において、私たちはつい「正解」を求め、完璧な自分を演じようとしてしまいます。しかし、本当に人に感動を与え、次世代へと受け継がれていくのは、そうした取り繕ったメッキではなく、傷つきながらも自分らしく生き抜いた「生きた証」そのものです。


地域の中で力強く、そして軽やかに輝く加藤さんの歩みが、これからも多くの人々の足元を照らす光となることを確信しています。

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