Photo:長谷部ナオキチ


多くの業種、ビジネスに、

多大な停滞を巻き起こしたコロナ禍2020。

しかし、予想だにしなかった意識の変化や行動の変化が生まれたことも事実です。

マイナス要因をプラスに転じさせ、

未来をより良く変えようとする意志もまた、

コロナを経て高まっているエネルギーの一つ。

そんな世界に影響を与えるような

エネルギッシュな経営者を

区民ニュース創業者高木優一が掘り下げます。


◆GUEST PROFILE◆

石崎冬貴

Fuyuki Ishizaki


横浜パートナー法律事務所

弁護士


自身でも焼肉店(新丸子「ホルモンマニア」)を経営しながら、飲食業界の法律問題を専門的に取り扱い、食品業界や飲食店を中心に顧問業務を行っている。

著書に「なぜ、一年で飲食店はつぶれるのか」「飲食店の危機管理【対策マニュアル】BOOK」(いずれも旭屋出版)などがある。

東京生まれ。神奈川県弁護士会所属。(社)フードビジネスロイヤーズ協会代表理事。(社)日本料飲外国人雇用協会理事。料飲稲門会常任理事。


コロナで浮上した飲食業界の課題

高木優一:  以前、石崎先生には、飲食業界に精通した弁護士として私のラジオ番組(高木優一の不動産・相続お悩み相談室:かわさきFM)にもご出演いただきました。その際に飲食店経営をされたいとおっしゃっていましたが、予告通り2019年12月新丸子に焼肉居酒屋「ホルモンマニア」をオープンされました。ところが今年、コロナで経済が大打撃を受け、とくに観光や飲食業の落ち込みは尋常じゃないと報じられています。そのあたり、弁護士であると同時に飲食事業の当事者となられた先生に、業界の現状や今後についてお話しいただきたいと思っています。ぶっちゃけ飲食業界、どうなっていますか?


石崎冬貴:  緊急事態宣言をはさみ、ほぼほぼ2ヶ月売上ゼロ、閉店・縮小の話は後を絶ちません。居抜きの物件情報が毎日のように増えていき、以前ならありえないような好条件で入居募集が出ています。もちろん、それでも埋まりません。元来飲食業というのは、現金が入ってくるためにキャッシュフローが良く、とりあえず美味いものさえ作っていれば簡単には潰れませんでした。ところがコロナでバン!といきなり何もできない事態になり、バタバタと倒れる店舗が相次いでいます。一方で落ち込みを最小限に食い止め、この危機を乗り越えていけそうな店舗も少なからず存在しています。様々な課題が浮き彫りになり、業界は劇的に変化しています。


高木優一:  私も周りを見ていて、先生のおっしゃるとおりの変化を感じています。優勝劣敗がかなりクッキリと現れていると思うのですが、そこを分けたのは何か?  先生が言われるところの「課題」とも関係すると思うのですが、どのように捉えていらっしゃるのでしょうか。


石崎冬貴:  まずコロナの煽りをまともに受け、真っ先に潰れた店舗というのは、補助金や助成金、緊急融資などの制度が受けられなかったお店です。なぜ受けられなかったかといえば、そういうところは往々にして就業規則がなく、保険にも入らず、確定申告すら怪しいような体質だからなんです。普段ルールを守っていないのに、困ったときだけルールに則って補助を受ける事はできません。美味いものを作って出せばなんとかなる、という状況ではなくなりました。今後も「経営」をきちんと考えられないお店は厳しいでしょうね。


高木優一:  私が知っている飲食のオーナーは「経営者」という感覚の人が多いのですが、たしかに彼らはこの窮地でもしっかりと踏ん張っている感じがしますね。若いのに全くめげずに策を考えているオーナーもいます。彼らはちゃんと勉強していますよ。逆に長年やっている店でも、ドンブリ勘定のところは残らない。


石崎冬貴:  飲食は元々職人の世界でしたから、放漫経営の店舗もけっこうあるんです。でもビジネスとしてやるのであれば、ビジネスマンであり経営者でなければなりません。法律や経営、財務も労務も知らなければいけないし、税務も理解しなければならない。


高木優一:  国や自治体の救済を受けるだけではなく、予期せぬ事態に対処するには、そういうマインドがないとダメだということですよね。他業界であれば中小の会社でも当たり前にやっていることをやらないと。


石崎冬貴:  私の知っているとある店舗は、3月に危機を感じ、すぐに融資を入れる決断をしました。4月初頭にはもう資金繰りができていたのです。何も考えていないお店は、何とかなるだろうと高を括り、緊急事態宣言が出て、街から人が消えてから慌て始めた。でもそこから融資を手続きしても、着金は6月に間に合うかどうかです。4月5月で売上ゼロはざらにある。飲食店というのは、うまくやっているところでも体力はせいぜい3ヶ月です。経営的な判断が生死を分ける典型だったと言えるでしょう。

なぜいま「経営」が大事なのか?

高木優一:  不動産の場合は今月落ち込んでも、来月は500万円とか1000万円というケースがあります。私は人生の半分をそんな業界で生きているので、コロナでもそれほど慌てずにいられましたが、飲食では逆転劇は聞かないですよね。例えば旅行や物販は、買い控えが続いたら翌月は反動で需要が伸びるということがある。そのあたりの構造も、ダメージの深刻さと関係ありますでしょうか?


石崎冬貴:  飲食の売上は箱で決まっていて、それ以上がほぼないんです。10坪の店に200人は入りません。そして、今月食べなかったから来月は倍食べる、ということもない。供給が一定なのです。おまけに今回3月と4月が止まってしまいましたが、ちょうど歓送迎会の時期でした。飲食は3ー4月と12月が最大の書入れ時で、その期間に1年の半分を売り上げる店舗もあります。仮にコロナの心配が今すぐなくなっても、9月、10月に今更歓送迎会やろうとはならないですからね。


高木優一:  なるほど深いですね。先生が飲食業界の「経営」を重視される理由がよくわかりますね。大手さんの場合はどうでしょう?  都心で大箱の居酒屋が苦戦しているというニュースを耳にしています。大規模な閉店も話題になりました。大手チェーン店などはどのようなことに直面しているのでしょうか?


石崎冬貴:  人の流れが完全に変わってしまったために、出店戦略やターゲットが変わってきています。以前であれば、ビジネス街なら総合居酒屋が定番でした。ある程度の大箱でも、金曜をメインに平日に売り上げて土日は休んでもOK、とか、駅前の好立地に多額の賃料を払っても客単価3000円で200〜300人が見込める、など、立地とターゲットに業態をかけ合わせれば、おおよその売り上げが立つという方程式がありました。それが成り立たなくなっています。だからコロワイドさんが200店舗閉店を打ち出したり、ワタミさんが自社店舗の3割に当たる150店舗がなくなる覚悟であるなどと言っているのです。


高木優一:  大箱の居酒屋が閉店となれば、不動産オーナーはたまったものじゃないですよね。空いたテナントがすぐに埋まる見込みもないし、飲食ビルは他の業態が入りづらい。でも店側からすれば、閉店によって経費の流出が止まり、保証金が帰ってくるから、財務状況は改善されるでしょうね。もっとも2ヶ月閉めていて売上ゼロなら、傷口を塞いだだけと言えなくもないですが、ここから巻き返しや明るい展開を望むなら、何がポイントになるとお考えでしょうか?


飲食業界の未来予想図

石崎冬貴:  うーん、これほど先を読むのが難しい事態もないのですが、間違いなく起るのは都心部から地元、地方への回帰でしょうね。統計調査も報じられましたが、田舎に帰ったり地方に行きたい人の数が明らかに上がっています。となれば人は地方に戻っていくし、テレワークが増えれば会社自体地方回帰が進んでいくでしょう。そして、この数カ月で、テレワークでも作業効率がほとんど変わらないことが実証されました。そうなると、赤坂、渋谷、六本木、丸の内など都心の一等地で、オフィスビルに1千万だ、2千万だと費用をかけるのは、ナンセンスだということになる。その分を、従業員の給与や福利厚生など、待遇改善にあてた方がずっといい。本社機能も、仕事そのものも、地方へ回帰して、人の流れがさらに変わって行くでしょうね。


高木優一:  銀座で接待という文化もなくなるかもですね。私も2月の誕生日以降、銀座には全く行っていません。自粛は開けてお店はやっているけれど、夜は全然人がいないと聞いています。みんな夜は出歩かないか、地元に戻って近所の店で飲んでいるようです。


石崎冬貴:  都心部の接待や居酒屋がいちばんダメージを受けています。歓送迎会、懇親会など、オフィシャルな催し事として、みんなで集まってワイワイ飲むという習慣がなくなりました。例えば20人、30人で、1次会2次会と入ろうと思ったら、行ける店は限られていて、大手チェーンなどが受け皿でしたが、今は大人数で飲むという文化が消えつつあります。まさに大企業の懇親会などが最たるものですが、大手ほど社内通達が出ていて、懇親会は禁止されています。具体的に年末まではやるな、というおふれが出ている企業も少なくないですよ。そうこうしている間に、懇親会文化、引いては日本の「飲みニケーション」自体がなくなる可能性もある。そうなると、それをターゲットにしていた店は年末までに干上がってしまう。そのビジネスモデルはもはや破綻していると言わざるを得ません。


高木優一:  なるほど、そのように見ると、居酒屋やチェーン店の価値が問われると言うか、ガラッと変わってしまったことがわかりますね。この状況が来年も続く可能性はあるわけで、「withコロナ」と言われる所以もそこにあります。それを踏まえて勝機を見出すのは、いったいどんな店なんでしょうか?


石崎冬貴:  人の流れが変わっていくので、これまでの立地条件にとらわれないこと。そのうえで専門化すること、そこじゃないと意味がない、その店じゃないと得られない料理やサービスを提供することなどが大事だと思います。元々言われていたことですが、それがより色濃くなってきました。食事系は居酒屋に比べて強いのですが、やはり専門店ほど人が絶えません。人気のラーメン店はコロナ禍でも行列ができますからね。そこにしかないという強みを持っている店は揺らがないです。


高木優一:  東急田園都市線梶が谷駅に「鮨福原」というお鮨屋さんがあるのですが、銀座で出すようなネタが味わえる高級店なんです。大将の福原さんが築地時代から上ネタの卸に通い続け、けんもほろろにされながらも、何年も何年もかけて粘り、有名店や料亭にしか出さない魚を卸してもらえるようになったそうです。急行も止まらないような駅の住宅街に店を構えていますが、客足が絶えないんです。お酒を入れたら夜は単価が3万円くらい。でもブルーオーシャンなんですよ。まわりは回転寿司ばかりだから。1回来たらこんなに旨い店はない!と驚いて、客が客を連れてきます。ランチが7000円で2回転するんです。梶が谷で。ゴールデンウイークに弁当をやったら毎日売切れで一日20万円以上売り上げたと言っていました。それで家賃は10万円切っているんです。お客さんがファン化していて、福原を潰さないぞと言いながらやってくるんですよ。


石崎冬貴:まさにそれです。いい店はお客さんが潰さない。多くの店がクラウドファンディングを利用しましたが、お客さんとの関係性ができていない店は全然集まりませんでした。老舗で50年続いた居酒屋がこのままでは潰れてしまいます、などともっともらしいことを謳っても、信頼関係がなければ響かないし、当然金額も集まりません。逆に若くてもお客さんの顔が見えているお店や、地元に愛されているお店は、あっという間に目標をクリアしていました。


高木優一:  ビジネス的に特化して、オンリーワンになれば強いですよね。福原さんのすごいところは、何年もかけて築き上げた仕入れとの信頼関係があり、仕事への自信があり、お客さんとの信頼関係もできています。こんな状況でも、お客さんがワッショイワッショイと勝手に応援してくれます。すごいビジネスモデルだと思いますよ。あってもなくてもいいような特色のない店は消え、本物だけ濾されて残っていくのかもしれませんね。


石崎冬貴:はい、それはもちろんですね。街から人は減っていますが、胃袋の量は変わらない。今のお客さんの「新しい生活様式」でも利用しやすい業態を新しく考える。これは当然です。半年経てばコロナも治まるだろう、という考えは座して死を待つのと同じです。そのうえで冒頭にもお話しましたが、美味いものを作り、いいものだけを出してればいいという時代ではなくなったことを自覚しなければなりません。コロナの波がまたやってきて、2ヶ月間完全に店ができなくなったらどうするのか?地震で店舗が壊滅したらどうするのか?天変地異も有り得る話として想定しなければなりません。融資を受けられる体制はできているか、2−3ヶ月休んでも家賃が払えるか、人件費は持つか、店を閉めていても営業ができるか、テイクアウトやケータリングに対応できるか、そういったことをちゃんとリスケッチしておけば、どんな困難な状況をも乗り越えられるのだと思います。


高木優一:これからは職人ではなく、経営者として当たり前のことをしているところだけが生き残るというわけですね。


石崎冬貴:  飲食事業者は経営者たれ。それには勉強をすればいいだけなんです。今までは何とかなってきましたが、それがならなくなりました、という話。野球選手が球団経営をしても必ずしも成功はしないですよね。飲食業も同じで、経営をするなら経営の知識が必要ということです。


高木優一:  飲食事業者当事者で、なおかつたくさんの店舗を顧問していらっしゃる石崎先生ならではの深いお話ですね。非常によくわかりました。本日はお忙しい中ありがとうございました。