
道工房では、精神障害を持つ方々がアートを通じて社会と繋がり、自信を取り戻すことを支援を行っています。神奈川県では「津久井やまゆり園」での事件を機に『ともに生きる社会かながわ憲章』が定められているのですが、今回道工房を運営する岩立さんにお話を伺い、真の『ともに生きる』とは何かを考えるきっかけになりました。
道工房について教えてください
道工房は、主に精神障害を持つ方々のための就労支援B型事業所です。
ここではアートを使った活動をしていて、絵画やアートグッズの制作、販売、レンタルを行っています。
特徴として、障害者が描く絵には発想が斬新且つ穏やかで優しい雰囲気があり、『ほっこりアート』という名前で商標登録をして、多くの方に親しまれています。
販売した絵は病院や施設、家庭、店舗などで活用されているほか、展示会を開いたり、ギャラリーでの展示も行っています。
これらの活動を通じて、障害者が社会との繋がりを持ち、自信を回復していくことを目指しています。
ただアートを楽しむだけでなく、それが収益につながり、工賃としてお渡しできるという点も大きな特徴です。
施設の立ち上げに至った経緯を教えてください
私は冒険家植村直己さんに憧れて、大学時代は山岳部に所属して登山に没頭しておりました。
植村さんが学んだアメリカの冒険学校にどうしても入りたくて、卒業後はカナダでアルバイトをしながらお金を貯めました。
そして、その学校に電話して、英語もたどたどしい中で『命は自分で責任を取るから入れてほしい』と頼み込み、入学を受け入れてもらえた時はとても嬉しかったです。
そこでカヌーやアウトドアのスキルを学び、自然を相手に挑戦する日々を送りました。
帰国してからも登山を続けつつ、東京でビルの窓拭きのアルバイトをしながら、国内だけでなくアラスカやチベットへの海外遠征など、登山を続けておりました。
ただ、その頃から『社会との関わりをきちんと持ちたい』と思い始めていました。
そんな時に鎌倉で精神障害者の支援施設の求人を見つけ、知識はなかったけれど飛び込んでみました。
施設で働く中でよく耳にした言葉があります。
「あなたたち障害者が主人公だから、自分たちの好きなことをやっていいんだよ」という言葉です。
私はそれに違和感がありました。
主人公は障害者だけではないですし、地域の中で生きていく上で守らなければならないルールやマナーは身に付ける必要があると思います。
そこで、本当の意味での「ともに生きる」を追求するため、もっと地域に受け入れられる、地域と一つになる、そんな支援の場を作りたいと考えるようになり、自分で立ち上げることを決意しました。
前の施設ではアートを扱ったことはありませんでしたが、偶然ある人ととのご縁から月1回のペースで始まったアートが、障害者の心の回復に非常に効果的であるということが次第に分かってきて、今では事業の中心となりました。
最初の2年間は、収入がほとんどない中で運営を続け、寄付に頼っている状況でした。
徐々に支援者が増えて、署名活動を行った結果、3,000名もの署名が集まり、鎌倉市から補助金をいただけることになった時には、本当にホッとしました。
それから少しずつ安定した運営ができるようになり、気付けば20年以上続けてくることが出来ました。
ただ、精神疾患のある方々を支援する中での苦労もたくさんありました。
特に難しいのは、精神的な不安定さがある方との関わりです。
調子が良くなってきたなと喜んでいたら、急に調子が悪くなって来られなくなってしまったり、良かれと思ってやったことが、被害妄想という症状で悪くとられたりすることがあります。
何度も心が折れそうになりましたが、それでも多くの支援者の方々や地域の皆さんの応援に支えられながら、今まで続けてこられました 。
岩立さんが大切にされていることについて教えてください
私が大切にしているのは、『誰もが主人公である』という考えです。
障害がある方もそうでない方も、それぞれが主人公として生きられる社会を目指したいと思っています。
ただその主人公はお互いに自我を抑制する、譲り合う、気遣う主人公です。
その様な考えから、障害者の権利を強く主張することはしないようにしています。
それを押し出し過ぎると、逆に対立を作ってしまうこともあるからです。
道工房では、アートを通じて、人と人とのつながりが生まれる場を作ることを目指しています。
例えば、家族から最初は「こんな絵ばかり描いている事業所で大丈夫なの?」と言われていた方でも、心が安定してくると「ここに通って本当によかった」と感謝されることがあります。
それは参加者だけでなく、家族の生活も平和になるからです。
また、人に誠実に接することも大切にしています。
どんなに障害や特性があっても、特性を活かし、その人の良い部分を引き出す支援を心がけています。
この誠実さが、地域や社会との信頼関係を築く基盤になっていると感じます。
今抱えている課題について教えてください
一番大きいのは道工房のアートをどう見せるかということです。
『障害者アート』と銘打てば、興味を持ってくれる人も増えますが、一方で純粋なアートにフィルターをかけてしまうという側面もあります。
アートに本当に障害の有無は関係ないのか。
この問題の答えは現在模索中ですが、答えは出す必要は無い、TPOに応じて融通無碍にというところに落ち着きつつあります。
それと、収益の安定も課題です。
販売やレンタル、グッズ制作で収益を得ていますが、アートでは工賃がどうしても低くなってしまう。
それを改善するために、新しい収益源を模索したり、アートを魅力的に見せる工夫をしています。
絵を描くこと自体が参加者の心の支えになることは確かなので、それを尊重しつつ、どうやって活動を広げていくかが今後の大きなテーマです。
読者の方へのメッセージ
道工房では、日々たくさんの個性豊かなアート作品が生まれています。
展示会やギャラリーで作品を見ていただいたり、販売しているアートグッズを手に取っていただくなど、さまざまな形で私たちの活動を知ってもらえたら嬉しいです。
もちろん、作品やアートグッズの購入が障害者の工賃向上や活動支援に繋がります。
まずは作品を通じて障害者が社会と繋がり、自信を取り戻していく姿が私たちにとっても大きな励みです。
ぜひ、道工房の活動を応援していただき、作品の魅力を直接感じてください!
インタビュー後記
障害者の就労支援施設というと、小物作りやお菓子作りなどのイメージがあったので、アートを制作しているというところに興味を持ちました。実際に絵を描かれている工房にお邪魔したところ、皆さん手を止めて挨拶してくださり、描いている作品についても気さくに話してくださいました。どこに障害があるのか分からないくらいでしたということを岩立さんに伝えると、その今の状態も施設での取り組みの成果とのことでした。工房に通い、販売するためのアートを制作することで、それを媒介として自然とコミュニケーションが生まれ、そのコミュニケーションによって自信を取り戻していくそうです。自分の理念を貫く岩立さんの姿にとても心を打たれました。鎌倉駅のすぐ傍にあるギャラリーや都内で行われる作品展にぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか?
お問い合わせ
特定非営利活動法人 道工房
住所:神奈川県鎌倉市小町2-12-37 小町ティアイビルⅡ3B
*お問い合わせの際、『鎌倉市民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。