東洋経済オンラインで2億PVの人気連載を持つノンフィクション作家の中村淳彦さん。

風俗で働く女性たちの生の声を追い続け、現代の女性の貧困問題を浮き彫りにした第一人者である。

2020年、コロナ第一波が直撃したのは、そんな社会的弱者である「貧困女子」だった。

女性たちの身に何が起きていたのか。

貧困を生み出す背景にあるものは何か。

渦中を取材し、精力的に発信を続けている中村さんにお話を伺った。


プロデュース:高木優一

取材・写真:長谷部なおき

区民ニュース編集部


コロナ第一波、緊急事態宣言下の歌舞伎町

「シンママの貧困率は日本が世界でワースト1位」

 

「全国各地の地方風俗への出稼ぎ志願が殺到」

 

「中央線のピンサロは女子大生の部活」

 

「女子大生の風俗勤め、パパ活は常識」

 

「皆さんが思っている以上に大学生は悲惨」


取材中、次々と語られる衝撃的な言葉。そんな事が現実に起きているのかと、聞き返してしまう。


「先日、年収200万円以下が史上最多1200万人を突破という衝撃的な発表がありました。平成の30年間でほとんどの日本人は貧しくなった。僕が貧困女子や風俗嬢の取材を続けるのは、彼女たちは社会を映しだす鏡だから。日本は男性優位社会なので、まず女性から苦境に陥る。貧困女子や風俗嬢はいまの日本そのものだといえます」


作家中村淳彦さん。1972年東京生まれ。大学在学中から成人誌、いわゆるエロ本の編集者となり、卒業と同時にフリーライターとなった。風俗、AVといった社会の裏側をフィールドワークとし、無名AV女優を取材したルポルタージュが「名前のない女たち」と題されて宝島社から単行本化された。現在まで6冊を数えるシリーズとなっている。2009年には佐藤寿保氏によって映画化され、2011年のモスクワ国際映画祭で上映された。テーマがやがて貧困に行き着いたのは自然な流れにほかならない。


「女性が性を売る理由は、基本的に経済的な問題です。風俗嬢をする理由もその時々の社会の状況で全然違ってきて、たとえば景気がよく社会が安定するときは、過剰な消費や詐欺的な被害、男に騙されたみたいな理由が増えます。逆に景気が悪く社会が不安定だと、普通に勤労する一般女性が生活のために流れてきます。」


2016年から東洋経済オンラインで連載がスタートした「貧困に喘ぐ女性たちの現実」は2億PVを突破。その連載取材を書籍化した「東京貧困女子/彼女たちはなぜ躓いたのか」(東洋経済新報社)は第2回Yahoo!ニュース|本屋大賞のノンフィクション対象にノミネートされた。20年以上に亘って女性たちの過酷な話にひたすら耳を傾けてきた中村さんのもとには、早い時期から女性たちの悲痛な声が届いていた。


「菅総理が就任のとき『自助、共助、公助そして絆』という方針を掲げました。繁華街とか夜の仕事は男性客の娯楽というより、女性のセーフティネットという色が濃く、カラダを売ることは自助になります。コロナ前ですでに女性の供給過剰という状態で、女性のカラダはデフレにデフレが重なってギリギリを超えていた。北海道が独自の緊急事態宣言を出した2020年2月末、不穏な空気はあっという間に全国に広がった。3月の初めに以前取材した沖縄のキャバクラ嬢から電話がきて、『仕事がない』『お客が来ない』『女の子はみんなパニック』『貧困とかそういうレベルを超えている』と嘆いていた。夜の仕事は完全出来高制で日当だから、即日生活に直撃するわけです。ギリギリだったのが決壊してしまった」


沖縄のキャバ嬢はシンママ(シングルマザー)が多いという。日々いっぱいいっぱいで余裕はない。明日の食事にも困る事態が降って湧いた。


「その子は『クレカを目一杯使って凌ぐしかない』と言っていた。けど、すぐに限界が来る。コロナで打撃を受けたサービス業の女性が水商売か風俗に流れ、キャバの子はカラダを売る、風俗嬢は単価が下がって、下層の風俗嬢は田舎に帰ったり、男を探したり、福祉を頼ったりと、生きるための動きがでてきた。濃厚接触禁止なのでキャバクラ、風俗嬢は大打撃を受けました。コロナによって貧しい人たちがさらに貧しくなった、といえます」



都内でも感染拡大が連日報じられ、「夜の街」「接待を伴う飲食店」が感染源として名指しされ、緊急事態宣言が発せられる。中村さんはこの期間の歌舞伎町に足を運び、何人かの風俗嬢や関係者に取材をしている。


「クラスターが新聞報道された4月1日を境に、歌舞伎町は一瞬で人が消えました。3月に半減した売上は、4月以降さらに半減以下になって、瀕死というか、もうひどいを超えちゃってた。女の子は吉原などの箱型風俗が休業してデリヘルに流れて、待機所で客待ちする女性の数が3倍増したそうです。12時間待機してもつくお客は1人か2人。地方風俗への出稼ぎ志願も殺到して、どのスカウトマンも女の子からの問い合わせは20倍くらいになったとか」


5月に入ると、中村さんは池袋に向かった。


「池袋や新宿には、まだ街娼がいるスポットがあります。池袋北口は中国とか台湾などアジア圏の女性で、日本人がいるのは西口。話が聞けたのは体重120キロを超えている39歳の街娼で、彼女は20代前半からやっているので池袋に立ち続けて16年でした。歯が一本もなく、『1日1人誰かとホテルに行かないと生きていけない』と言っていました。もう1人は62歳、大手企業の社員食堂の最低賃金のパートがリモートワークの影響でなくなって街娼をしていた。街娼まで転落した女性たちは苦しいながらも明るくて、確かになんとかなっていた。貧困が見えるので弁当の差し入れがあったり、お金をくれる独居老人がいたりしてました。飢える前に共助がありましたね」


このときのルポルタージュは「新型コロナと貧困女子」のタイトルで2020年6月に宝島社新書から発売された。中村さんが伝えなければ、永久に知られることはなかった話だ。本誌の帯に書かれたフレーズ「私は自粛に殺される。誰を恨めばいいんですか」は、池袋の52歳の街娼がもらした言葉だ。おそらく全国の歓楽街で風俗産業に従事する多くの女性たちが、あの時期、この言葉を噛み締めていたに違いない。


花道通りはホストクラブの看板だらけ。中村さんが「今の歌舞伎町は女性が経済を回してる」と言うのもうなずける。


“自己責任”という刷り込まれた概念

緊急事態宣言下でさまざまな支援策が打ちだされた。水商売や風俗関係者は反社会勢力とひとくくりにされ、当初支援対象から外された。歌舞伎町ホストクラブと銀座クラブのオーナー、日本水商売協会が風俗営業の除外要件撤回を求めて方針は転換されたが、「自己責任」を声高に叫ぶ人たちは少なからずいた。中村さんは静かに憤る。


「女性の貧困が増えたのは、雇用の非正規化が原因です。男女の賃金差ははっきりとデータにでています。労働法が改正されて非正規雇用が認められたため、女性の雇用が大きく変わりました。そうして起こったのが年収200万円以下のワーキングプアの激増で、シングルマザーや子どもの貧困につながった。ちなみにシンママの貧困率は、圧倒的な世界ワースト1位。女性は仕事に就いても食べていけなくなって、男性優位社会のなかで優遇される雇用が守られた中年男性たちが、苦しいと叫ぶ彼女たちを『自己責任!』と断罪している。それが、いまの日本の現状です」


OECDによる調査(2016年)で日本のひとり親世帯の貧困率は第1位の54.6%、2位がアメリカで35.8%である。いかに突出した数字かが見て取れる。20年以上に及ぶデフレが続き、1995年から2015年までの名目GDP成長率は-30%で世界で最下位。しかもマイナス成長は日本だけという異常な事態である。戦後デフレがかくも長期に及んでいる国は、世界中見渡しても他にない。オリンピック委員会の森元会長の発言で根強く残る男尊女卑が話題になったが、世界経済フォーラムによるジェンダー格差指数2020では153ヵ国中121位である。国境なき記者団が実施する世界報道の自由ランキング2020でも日本は、66位という不名誉な順位だ。知見のない政策、それを覆い隠す「自己責任」という都合のいい概念。日本は「立派な後進国」と中村さんが指摘するのもうなずける。中でも深刻な状態にあるのが現役大学生だという。


「いまの大学生は男女関係なく、絶望的に貧しい。学費高騰と親の世帯収入減が大前提にあって、受益者負担の流れが追い打ちをかけました。当たり前の結果として、女子大生の風俗勤め、パパ活は常識になっています。新刊(宝島社より5月発売予定)で慶應義塾大学と立教大学の男女の苦学生グループにアプローチしました。コロナ前はキャンパスで、いまはLINEなどで『頑張ろうね!』ってお互いを励ましあってソープランド、デリヘル、ウリセン、ホストに出勤する日常だそうです。中央線沿いには1年生が入って4年生が辞めていく大学の部活みたいなピンサロがあったり、とても先進国とは思えない末期的な現実があります」


写真はイメージ


衝撃的な内容である。大学名にも耳を疑う。昭和に大学生だった親世代には想像もつかないだろう。


「親世代はバイトとサークルに明け暮れても卒業ができて、大手企業から内定がもらえた。そんな自分たちの学生時代の感覚と、政府が推奨する受益者負担の潮流に乗って、子世代に自力で稼ぎようがない負担を強いている。現状がまるでわかってないわけです。優秀な大学生に売春させるのは国益を損なう。大学生の貧困はお金が足りないとシンプルなので、給付型奨学金、学費負担減、家賃補助、なんでもいいので早急にお金を投入したほうがいいでしょう」


風俗しか選択肢がなかった大学生は、親からの支援がほとんどない。学費も全て「受益者負担」だ。そのせいで卒業後もひどい状況が続いていく。


「日本育英会が廃止されて日本学生支援機構(JASSO)という独立行政法人になりました。政府が大学生に用意しているのは貸与型奨学金だけで、もう誰もが知ることですが、有利子の金融ビジネスです。第一種と第二種を満額借りると月18万円。1年で216万円。4年間で864万円。これ元金だから利息がついたらいくらになるのか。その金額を未成年で契約して、その金額を背負って卒業するんです。女子も男子も、結婚も出産も考えられない」


旺文社教育情報センターが発表した学費平均(2018年度)によると、大学4年間の学費は公立文系で253万円、理系は252万円、私立文系が360万円、理系は476万円だ。これに教材費、実習費、家賃、交通費、食費、光熱費、通信費、交遊費が4年分加わると考えるとたら、いかに厳しいかが明白である。中村さんの「貧困女子」シリーズの最初となる「東京貧困女子」には、風俗を選択するしかなかった女子大生のやりきれない状況が克明に描かれている。2021年には小田原愛さんの作画でコミカライズされ、大きな反響を呼んだ。そんな女子大生風俗嬢にもコロナは容赦なかった。


「女子大生風俗嬢は高校時代にマジメで優等生、目立たないタイプみたいな女の子が主流です。高校時代に腹をくくって進学のために風俗嬢になる。そんな子が恋愛もできず、遊びも我慢して見ず知らずのオヤジを相手に性行為漬けの日々を送っている。そんなときにコロナがきて、客が激減。待機時間が長くなって、ソープランドの個室やデリヘル待機所でリモート授業を受けていたりします」


楽しいはずの4年間を風俗にまみれ、卒業後は自己破産レベルの借金返済に苦慮する。どうしてこんな事になってしまったのだろうか。


「いまの惨状は平成時代にはじまった新自由主義政策の弊害というか、その結果です。緊縮財政と市場原理主義を徹底して、労働の非正規化や財政削減をどんどん進めた。大きなマイナスの影響を受けたのが若者と女性だったといえるでしょう。大学生の親世代、その上の団塊世代は、自分の雇用や年金、社会保障を守りながら、娘や孫世代に売春させてノウノウと生きているといえるかもしれない。ひどいのは金で彼女たちを買うのも、優先順位的にまだ雇用が守られている中年男性で、射精しながら『そんな仕事して恥ずかしくないのか』などなど説教するようなオヤジがたくさんいると聞きます。必ずブーメランで返ってくるので、いままで散々ふざけたことをしてきた中年男性世代の未来が心配です」


貧困を通して見えてきた社会構造、ネオリベが生み出した“衰退途上国・日本”という現状に、中村さんは切り込んでいる。世界に類を見ないデフレを放置し、若者と女性を貧困に叩き落とした平成の30年史を、政治学者の藤井達夫氏とともに徹底討論している。共著「日本が壊れる前に」が2020年11月、亜紀書房から出版された。


「平成は新自由主義政策によって女性と若者を転落させた時代で、それはもう完了した。令和は団塊ジュニア世代(40代後半)とバブル世代(50代)男性のハシゴを外す総仕上げとなるはず。雇用がメンバーシップ型からジョブ型に移行し、使えない中年男性が放りだされる。女子大生に売春させる自助を放置する社会なので、当然、救済はなにもない。中年男性は、もう終わりですね。僕もその世代なので、死ぬ覚悟をしなければならないかも」


折しも2回目の緊急事態宣言は1都3県で延長が決まった。だが、2度目の定額給付金は話題に上らなくなり、政府は「自助・共助・公助」という言葉を使い始めた。個人、企業を問わず、融資は寛大な措置が取られているものの、返済が始まれば破綻する人や会社が増えるだろう。貧困女子に加えて貧困中年が溢れたら、それこそ「日本が壊れる」事態が訪れる。そうなる前にーーー。中村さんが伝える女性たちの叫びに耳を傾け、中村さんが看破した日本の現状に目を向けていただきたい。


2021年3月10日撮影。ゴールデン街は営業自粛の店も多く、人影は少なかった。


中村淳彦

大学時代から成人誌の編集に従事し、20年以上に亘り、AV、風俗、さらには介護業界など、貧困とそれを取り巻く社会問題を追い続けているノンフィクション作家。

著書は「名前のない女たち」 (宝島社) 「ハタチになったら死のうと思ってた AV女優19人の告白」(ミリオン出版)、「AV女優消滅」(幻冬舎)、「崩壊する介護現場」(ベストセラーズ)、「日本の風俗嬢」(新潮社)、「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ)、「ルポ 中年童貞」(幻冬舎)、「女子大生風俗嬢」(朝日新聞出版)、「東京貧困女子。」(東洋経済)、「新型コロナと貧困女子」(宝島社)など多数。

政治学者藤井達夫との共著「日本が壊れる前に――「貧困」の現場から見えるネオリベの構造 」(亜紀書房)では、貧困を生み出す日本の社会構造に深く切り込んでいる。


東京貧困女子。: 彼女たちはなぜ躓いたのか

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