今回のゲストは医師の竹内公一先生。

医療制度の改革により在宅での看取りの機会は増えていますが、先生は、単に医療保削減といった視点だけではなく、これからの医療のあり方を考えれば、必然的な道筋だとおっしゃいます。


Photo:長谷部ナオキチ

長期入院が見直された理由

高木優一:今回は、患者さんが「自宅で看取られたいと思ったらどうすれば良いのか」というテーマでお話をさせていただきます。これまで長い間、死は病院で迎えるというのが一般的な看取りのあり方だったと思います。実際には、自宅で死を迎えたいという患者さん、家で最期を見届けたいというご家族は多いはずですがそれが叶わなかった。そこで、そのような潜在的なニーズも反映し、昨今の医療は入院日数を短縮して早めに自宅へ戻すという動きになってきているように思います。もちろん、医療費削減という経済的な問題も大きいとは思いますが、実際のところは、そのような患者さんやご家族本位の医療のあり方にシフトしていったという背景が大きかったように思います。


竹内公一:効率的な医療を施して早く退院に導くというのが、これからの医療の基本的な考え方です。これまでは、入院して2、3日かけて検査を行い、手術をして、回復を待ち、退院に導くという工程を踏んでいました。ある程度回復しても、もう少し様子を見てから退院しましょうと医療側も鷹揚に構えていました。しかし、平成になってから、ずっと入院させておくことが正しいのかどうかを我々サイドも検証するようになってきました。もう少し様子を見ようと一週間長く入院させても、逆に様子が変わってあまり良くなくなってきた、もっと早く退院してもらって自宅で療養した方が結果的に良かった、というケースが実際には多いのです。



高木優一:なるほど。そうしますと病院での看取りの件数も減ってきていますね。


竹内公一:昭和の頃は、脳卒中や心筋梗塞の患者さんが多く、危なくなると家族を呼んでくださいと連絡が入り急いで駆けつけ、病院で死を迎える、というようなシーンが多かったですよね。でも、今は癌が疾患の主流となってきて様子が少し変わってきました。癌という病気はすぐに命が遮断されるというものではなく、だんだん時間をかけて弱っていきます。その間にいろいろな望みを叶えていくこともできますし、いつものように朝にご飯を食べ、うとうとしている最中にそのまま息をひき取るというようなこともある病気です。家におられ、家族と一緒に過ごす時間を多く取ることができるのです。また、老衰になった状態で栄養が胃ろうなど何らかの方法で管理されている方は、そのような処置は今、自宅でできますので、長く入院している理由がないのです。



なぜ、在宅医療が推進されるのか

高木優一:急性期の、身体を容易に動かすことのできない患者さんや、集中治療室にいるような患者さんしか入院する理由があまりないというわけですね。


竹内公一:その一方で高齢者社会になってくると、老老介護の世界がクローズアップされてきますし、老人独居の世帯も増えていきます。だれもかれもを家で介護するというのは、ヘルパーの制度などが充実してくれば別ですけれど、現実的にはなかなかそういう風にはなりません。ですから、「家で看る」というのは、たとえば特養やグループホームなどの施設とかデイサービスなどの利用も含めるという事になります。



高木優一:そうなってくると、施設での看取りも増えてきそうですね。


竹内公一:そうですね。介護受け皿の充実は必須だと思うのですが、賃金の問題がやはり大きな壁になってくると思います。現実的に、介護現場で働く人たちは、もっと優遇された別の職場があればそちらに移ってしまいます。ですから、介護スタッフが安定して働けるような環境になれば、施設で看取られることにもネガティブなイメージはなくなると思うんです。

やはり、今のところは、施設で看取られるよりも病院で看取られた方が安定しているようなイメージがしますよね。



高木優一:そうですね。施設で看取られるのは寂しいイメージがあります。これから、看取りあるいはもう少し大きな括りとして、医療そのものはどのように変化していくのでしょうか。


竹内公一:IT技術の変革により大きな変化を遂げると思います。平成の前半までは、血圧手帳の提出を患者さんにはそれほど強く求められませんでした。でも、血圧の測定を診療室で測ってそのデータだけで薬を出し、そこで診療が完結されてしまうと、この患者さんを次回診察するまで、患者さんの生活の状況はまったくわからないわけです。やはり、医療側としてはその間のことも管理し把握しておきたいので、毎日血圧測定してそれを手帳に記載し提出してもらうようにしました。今回と次回の診療の間をきちんと管理する。今まででポイントとポイントだけで診ていたのが、ポイントとポイントを繋ぐことをしたわけです。それが平成の後半の動きでした。さらにデジタル技術を進化させ、ライブでチェックすることができるようになれば、血圧だけでなく、食とか睡眠時間とかも、総合的に評価できる時代がくると考えています。今後は医師が診療室で聴診器を当てて判断し薬を出すのではなく、それまでの二週間、一か月、三か月の生活のことがデータによってつぶさにわかりますから、医師がさまざまな角度から判断できます。その技術を在宅医療でも使えるようになれば、家で寝ている患者さんの細かな情報も集まってくるわけです。



AI技術の進歩が医療を変える

高木優一:先生のお話を聞きますと、今後医師の仕事はさらに大変になってくるのではないですか。


竹内公一:そうかもしれません。しかし、AIの技術がそれを補助してくれると思います。また、医師のタスクシフトが進展していく、たとえば今は医師にしかできない業務の一部が看護師にもできるようになれば、医師の負担も軽減されていきます。患者さんにとっては、外来で何時間も待たされるというリスクが少なくなりますね。



高木優一:外来の待ち時間が減少されることは、患者さんにとっては非常にありがたい話ですね。


竹内公一:ただ、情報の量が増えてきますので、それをどう管理するのかという別の問題が出てきます。ベッドのメーカーのテレビのCMなどでご覧になったことがあると思いますが、よく眠れているかどうかが図やグラフなどで解る、それに点数を付けるといった、あの種の寝ているだけで心拍や呼吸の状態を把握することができるような技術が進展していくと思います。要は、ずっと聴診器を当てている状態と同じですから。ただ、それを医師が24時間管理しているわけにはいきませんので、AIを使って管理するというイメージです。


高木優一:今先生がおっしゃったような技術は、各医療機器メーカーなども研究開発を行っているんでしょうね。



竹内公一:そうですなのが、日本ではなかなか積極的に進めることができないのが現実です。そのような技術は、欧州やアメリカ、カナダ、シンガポールなどが一歩進んでいますね。


高木優一:日本はまだ立ち遅れているという感じですか。


竹内公一:そ日本で革新的な技術開発を進めるに当たっては、診療報酬制度や保険制度が壁となって、あまり挑戦的なことをするのは望まれていません。定評があることは保険を活用することができるんですが、思い切った技術革新はメーカーサイドも二の足を踏まざるをえないのが正直なところだと思います。これから長寿の時代を迎えるに当たっては、我々医療側は、これまで長生きをするための知恵や技術は発達させてきましたが、長生きなったあと、それをサポートをする技術がなかなか開発されていないという実感があります。我々も現在のところどうしたら良いのかが正直わかりません。暗中模索状態ですね。


高木優一:本日は看取りのお話から、これからの医療のあり方まで、幅広いお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。