今回のゲストは、宗教法人に対する法務の取り扱いが多いという弁護士の荒川香遥さん。

法事にまつわる相続上のトラブルは日常的とのことですが、最近は、人々の葬儀や法事に対する意識の持ち方が大きく変わってきたと言います。


Photo:長谷部ナオキチ

変わってきた、寺院との距離の取り方

高木優一:荒川先生は、ご実家がお寺さんなんですよね。


荒川香遥:はい。寺院が実家なんです。


高木優一:今、信仰心が希薄になってきていることもあり、お寺に対する思いとか距離の取り方が昔より弱まってきている実感がありますが、お寺に持ち込まれる相続のトラブルは多いですか。


荒川香遥:多いというほどでもありませんが、たとえば、遺骨をめぐって、向こうではなくこちらの家族が取り仕切るべきだとか、あちらではなくてこちらが通夜をやるんだとか、そういうトラブルはまあ、昔から日常的にありましたね。喪主をやった方が財産的に優位になるだろうというような皮算用があって「自分が自分が」と主張してくるわけです。もちろん、そのようなもめ事に、寺は基本的には関与しないのが筋なのですが、相談は結構持ち込まれます。その時に対応を誤ると、なぜ、あちらだけにいい顔したんだとか、またそれでトラブルに発展したりします。



高木優一:最近は墓じまいがマスコミなどでも取り上げられ、お墓の引っ越しも多くなっている印象があります。これも少子化の影響なんでしょうね。


荒川香遥:そうだと思います。それと葬儀や墓の扱いも「合理化」という考え方に立つようになって来ているんだと思います。

文化庁から宗教年鑑という冊子が出ていまして、日本の宗教の概要と、さまざまな視点から宗教に対する調査を行いその結果をまとめた内容とで構成されています。その調査の中で、自分が死んだあと墓をどうしたいですかという設問に対し、40%以上が何も考えていない、遺族に任せると答えています。完全に人任せなんですね。また、20%ぐらいの人が墓を閉めて欲しいという結果となっています。


高木優一:終活がブームだとか言われていますけれど、実態はそんなものなんですか。



荒川香遥:墓参りの頻度がどのくらい下がったのかのデータもあります。それを見ると、墓離れが確実に進んでいることがわかります。


高木優一:やはり、そうなんですね。先生が弁護士としてメインでやられているのは、宗教がらみの事案なのですか。


荒川香遥:宗教法人がらみもありますが、その他一般民事を扱っています。不動産関連で言えば立ち退きとか借地トラブル、保険関連で言えば、交通事故や火災保険請求などの事案が多いです。まあ、宗教法人に関する案件は普通の弁護士よりは多く扱っているとは思います。



増えつつある退職代行

高木優一:寺院がらみのトラブルと言うと、どのような事案がありますか。


荒川香遥:遺骨を預けたが取りに来ないケース、年間管理費の支払が滞っているケース、その他、無縁墓地の改葬の手続などがあります。家族関係の希薄化は一昔前に比べて、やはり進んでいる印象を受けますね。


高木優一:なるほど家族関係の希薄ですか。それによってお寺との付き合い方も変わってきていると思います。平成の30年は失われた30年だったのでしょうね。


荒川香遥:そうなのかもしれません。



高木優一:そもそもの話ですが、なぜ家族関係は希薄になっているのだとお考えですか。


荒川香遥:それは失われた30年という話が出ましたが、経済発展と比例していると思いますね。また、コミュニティの解体とも結び付いていると感じます。我々の世代以前は「そんな悪いことをするとバチが当たるよ」とか「お天道様が見ているよ」などと言われていました。つまり道徳教育が自然になされていたのです。ところが、ゲーム感覚でオレオレ詐欺などが席巻している現状を見ると、今の若い世代にはそのような道徳感覚はないでしょうね。


高木優一:そのお話と関係あるかどうかわかりませんが、今は退職代行というお仕事もされていると聞きました。


荒川香遥:はい。今の世代は、会社を辞める際に弁護士を立てるんです。


高木優一:自分が会社を辞めるときに、弁護士や弁護士事務所を通して会社に窺いを立て手続きを代行してもらうということですか。自分から会社に「辞めたい」と言えないのでしょうか。



荒川香遥:まあ、そうですね。最近、増えていますよ。


高木優一:弁護士さんの新しい業務の一つとして定着していくんですかね。


荒川香遥:弁護士に限らず、いろいろな業者や司法書士なども扱っていますね。


高木優一:会社を辞めたいと考えているのだけれど、なかなか上司や経営者には言いづらい。そこで、弁護士や司法書士を立てて交渉を代行してもらう。それは、普通の大企業でもある話なのですか。


荒川香遥:はい、もちろんあります。確かに、いわゆるブラック企業であれば弁護士などを立てた方がいいかもしれませんね。


高木優一:そうか。辞めるなどと言い出したらどんな脅しに出てくるかわからないなどという上司だったら、間に弁護士が入ってもらった方が上手くいきますね。


荒川香遥:ところが、ブラックとは無縁の普通の会社に勤めている人からの依頼も結構あるんですよ。



人を助けたいという根源欲求

高木優一:その他に家族関係の希薄化はどのような場面でお感じになりますか。


荒川香遥:やはり相続の問題で顕著ですね。全体的に家族や親戚の絆がおかしくなっているから、以前にはなかったトラブルなども多くなってきているんでしょうね。

さきほどお話しました宗教年鑑を見ますと、お墓の承継者はいますかという問いに対し、いないという回答が41%ありました。シビアに数字にも表れているような気がしますね。


高木優一:宗教観が希薄化しているんですかね。



荒川香遥:というより、葬儀や法事の世界でも合理化が進んでいるような気がしています。死んだあとの面倒はできるだけ合理的に済ませたい、回避したいと思っているんでしょうね。でも、葬儀や法事は合理の枠組みで捉えるものではないですよ。


高木優一:都心の寺院でも墓じまいをしたいという申し出があるというのは、私としてはショックでしたね。


荒川香遥:後継者がいないから仕方がないということなんでしょうね。子供や孫にあまり負担をかけたくないという気持ちが強くなっているのだと思います。



高木優一:先生が家業を継がなかったのはどのような理由からですか。


荒川香遥:単純に継げと言われなかったんですよ(笑)。父親も強要しようとは考えていなかったようです。


高木優一:それでは、弁護士を目指したきかっけは?



荒川香遥:自分の根源的な想いのところで、困った人を助けたいという欲求はありましたね。小学生の時に書いた卒業文集を見ますと、介護施設の職員になりたいって書いてありました。


高木優一:へえ、そうなんですか。その頃から人にために役に立ちたいと。まあ、普通のサラリーマンだったら社会に対して何かの役に立ちたいという欲求はありそうですが、個々の人のために役に立ちたいとまでは考えていないと思いますよ。


荒川香遥:そうなんでしょうかね。


高木優一:弁護士としては宗教がらみの事案に特化しているわけではないとおっしゃいましたが、ご著書(「Q&A宗教法人をめぐる法律事務」、「事例式 寺院・墓地トラブル解決の手引き」)も、宗教と法律に関するものとなっていますので、今後も一般的な法務事案と共に、宗教絡みの法務のプロとして手腕を発揮していただきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。