皆様
新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

旧年中も大変お世話になりました。

本年も実り多い一年となるよう私自身精進してまいります。

昨年末には、私の生まれ育った故郷である青森県八戸市を中心とした地震が発生いたしました。

本来であれば、年末年始に様々な地元議員としての活動もございましたが、今回は地元に帰らせていただき被害状況や、親戚等へのあいさつへ時間を使わせていただきました。

田舎で一人で住む母親は、今もまだ働いております。
元気そうでよかったです。

久しぶりに田舎へ帰って感じたことはやはり地域のネットワークの強さです。

親戚や地縁の方々が一丸となって助け合い、今回の地震を乗り越えたとのことです。
母親も例にもれず、助けたり助けられたりしながら今回「も」乗り越えることができました。

ここで大切になるのは、普段から顔の見える関係をいかに築くいていくのか、という当たり前のことです。

行政の助け「のみ」を待っていてもなかなか大変であると改めて感じました。

私のような、地方議員の場合には、備蓄の充実、災害時のトイレ、救急医療等に考えが行きがちです。しかし、例えばお住まいの家具の転倒を防止したり、食糧備蓄等そういった事前準備もまた大切であろうと改めて感じました。

八戸市ではあれだけ大きな地震があったのに、死者が出ませんでした。
理由はいくつかありますが、
①15年に一度くらいの頻度で同規模の地震が起きていて、住民に準備ができていたこと。
②水道管が地震に対応しており、ほとんど止まらなかったこと。
③都市ガスではなくプロパンガスが多いこと。(プロパンガスとは、各家にガスタンクがありそこから直接ガスを使うため、止まらないことが特徴です)
④各家に灯油タンクがあり、暖が家でとれたこと
⑤食料備蓄そのものが当たり前の習慣としてあったこと(各家には「むろ」といわれる地下食糧庫があり、野菜や果物はそこで春先分までのストックがある)

改めて、地域の特性に根差した生活の仕方が今回生かされた形であると考えます。

翻って、東京はどうでしょうか。
まだまだ、やるべきことがあるように感じました。

東京と地方の違いを認識したうえで、何を準備することが大切であるのか。
それを一つの柱にこの一年間行政に対して提案してまいりたいと思います。

また、私は恵まれているとも感じました。
台東区であれば、どこに行っても名刺を出せば様々なお話を行政でも民間でも個別のお宅でもお話を伺うことができます。ただ、地元に帰ればただの40歳の顔も知らない男性です。なかなか情報集めようと行動してもできることが限られていました。

皆様から頂いた区議会議員という肩書に改めて感謝するとともに、与えられた職責を全うすべく、活動してまいりますので、なにとぞ本年もよろしくお願いいたします。

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25 いいね! ('26/01/05 22:00 時点)