今回のゲストは元プロ野球阪神タイガースの選手で、今は公認会計士をされている奥村武博さん。

奥村さんはアスリートたちへ向けた新しいキャリア形成の考え方、デュアルキャリアを推進していく活動を積極的に行っています。


Photo:長谷部ナオキチ

野球選手から公認会計士への道へ

高木優一:なぜ、野球の選手から公認会計士を目指されたのか、そこからお聞きしたいと思います。選手引退後、最初に始められたのは飲食業ですよね。


奥村武博:そうです。野球を辞めてすぐに飲食業をやってみたのですが、そこで自分は世の中のことを何も知らないと実感したのです。野球界の外に出て、現実の厳しさを突きつけられたという感じでした。そこから初めて自分の人生を真剣に考え始めたのです。この先、どうやって生きていくべきかと迷っていたときに、公認会計士という資格を知りまして、一瞬で閃いたという感じですね。当初は資格に興味があったわけではなかったのですが、公認会計士の文字を目にしたとたん、「ああ、これだ」と。



高木優一:まだ、公認会計士がどのような資格かもわからないうちにですか。


奥村武博:はい、そうなんですよ。そこからいろいろ調べて、へえ、会計士ってこういう仕事なんだって理解したような、そんなレベルからスタートしました。


高木優一:その資格を取得するのに、どのぐらい難しい試験を受けなければいけないのかもわからなかったわけですか。



奥村武博:そうなんです。まあ、商業高校で簿記をやっていたという多少の経験と、ちょうど受験資格の撤廃があり、誰でも受験できるという2つの要素が後押しとなったとの背景もあります。それから勉強を始めたのですが、勉強をしている中で、自分はプロ野球引退後に特にお金絡みで苦労したけれども、こういった税務や会計の知識がのちの後輩たちの助けになるのではないかと気づいたのです。また、自分が選手を辞めて飲食業に入ったのも、すごく狭い選択肢の中で自分のセカンドキャリアを考えてしまっていたな、との想いにも至ったのです。それが、世の中のことを何も知らないという認識につながったのだと思います。


高木優一:スポーツ選手引退後に飲食業を始める方は多いですよね。


奥村武博:多いですね。先輩にも多かったですし、それしか選択肢を見つけられないんですよね。プロ野球選手から公認会計士になった人は今までいなかったので、「ああ、こういう道もあるんだ」という前例になればいいとも考えました。



高木優一:最初にやられた飲食業が、上手くいかなかったというのがきっかけではなかったのですね。


奥村武博:はい。友人と一緒にやっていたのですが上手くいかなかったわけではありません。ただ、自分の中で次第に違和感が強くなってきたのです。本当にこの道でよかったのかという葛藤を抱えながらやっていました。



アスリートデュアルキャリア推進機構の活動

高木優一:プロのアスリート引退後に、その後の人生で迷ったりつまずいたりする人はこれからも多く出るでしょうね。


奥村武博:アルバイト経験もない中で、突然、社会に放り出されますからね。実家暮らしから所属するチームの寮へと生活の場が移動し、選手生活が終わった後、外の生活の経験がほとんどないまま独りで暮らしていかなければならないケースが多いのですが、アパートを借りるにしろその方法がわからない。仕事の探し方もわからない。水道や光熱費が発生するのだということすら知りませんから、そういった雑多な物事がいろいろ押し寄せてきて右往左往するわけです。



高木優一:球団が社会勉強をさせるというシステムも十分じゃないのでしょうね。


奥村武博:我々の頃はほとんどなかったですね。最近、球団によっては意識が変わってきているところもあるようですが十分ではないと思います。


高木優一:近寄ってくる人がいい人なのか、危険な人なのか、見極めるのが難しい。これって結構重要な問題ですよね。今、公認会計士とは別にアスリートデュアルキャリア推進機構の代表理事でいらっしゃいますが、どのような活動をされているのですか。



奥村武博:デュアルキャリアという新しいアスリートのキャリア形成の考え方は、最近スポーツ庁などでも言われ始めてきています。これまでは、野球を辞めました、それでは次の仕事を考えましょうといういわばぶつぎりのキャリア形成になってしまっていたのを、同時並行で、野球をやりつつ、人生のプランニングも同時に設計し、その後に役立つ経験や知識を身に付けましょうというものです。たとえば私の場合、高校時代に簿記をやっていたという経験が、当時は何の意識もしなかったのですが、のちにそれが活かせて公認会計士という一生の仕事が見つかったということもありましたし、選手時代の練習への取り組み方などはその後、今の仕事をする上でも役立っています。


高木優一:なるほど、選手時代にその後の人生を通したキャリアについても考えていきましょうということですね。機構の活動としては、どのようなことをされているのですか。


奥村武博:今は、啓蒙活動が主体です。講演をやらせていただき、デュアルキャリアの考え方をスポーツの場に広く浸透させるようにしています。





プロスポーツの衰退を憂う

高木優一:プロのアスリートを目指している子供の親御さんにデュアルキャリアのあり方を伝えていくことは重要ですね。


奥村武博:そう考えます。プロを目指していくのはいいけれど、果たしてウチの子がその厳しい競争の世界でずっとやっていけるのか、途中で挫折し、つぶしがきかない人間として世間に放り出されるのではないか、という懸念はあると思います。現実に私の親も当初はプロになることに反対していました。やはり、引退後にどうするのかと考えると不安だったのでしょうね。



高木優一:親御さんの悩みとしてはよくわかりますよ。


奥村武博:そうすると、プロになろうとする選手が減っていくのではないかとの懸念が産まれてきます。才能があっても将来性を考えるとプロになるのはやめた方がいい、ということになれば、プロスポーツそのものの魅力が下がり、スポーツ業界全体の発展が成されず、どんどん衰退していく方向に流れていくのではないかとの心配があります。スポーツ界の人気が下がれば、選手へのサラリーも減っていくという負の連鎖を起こす可能性もあるだろうと思います。アスリートのキャリア形成というのは、スポーツ界の未来の活性・衰退に関わってくると私は捉えています。


高木優一:今おっしゃられた奥村さんの考え方とか活動に共鳴されている方は周囲に多くいらっしゃるのですか。


奥村武博:問題意識を強く持たれている方や団体はスポーツ界の内外問わず多いので、積極的に連携を取るようにしていますし、例えば、NPBやプロ野球選手会、プロサッカー選手会といった機関ともコミュニケーションを取り活動していけたらいいなと思っています。



高木優一:奥村さんは98年にドラフトで阪神タイガースに入団されましたが、奥村さんの現役時代の選手たちと今のプロ野球の選手たちを比べると、いろいろな面で大きな違いがあるでしょうね。


奥村武博:全然違うと思いますよ。今の選手はあまり飲みに行ったりもしないようですしね。


高木優一:昔は先輩に誘われれば有無もなくついていくという感じでしたが、今はあまり抵抗もなく断ってくるらしいですね。デュアルキャリアの考え方、素晴らしいと実感しましたので、ぜひ、普及させていただきたいと思います。本日はありがとうございました。