今日のゲストは、東急田園都市線梶が谷で高級鮨の店を経営する福原直樹さん。

福原さんの握る鮨は銀座の一流店と比べ遜色のない逸品であることは間違いありません。

まさに新世代の鮨職人と言うべき福原さんに、いろいろと興味深い話を聞かせていただきました。


Photo:長谷部ナオキチ

「売ってやらねえよ」から始まった

高木優一:一流の鮨を食するのなら銀座というイメージはいまだにあると思います。でも実は、梶が谷という都心から離れた住宅地でも同じクオリティの鮨が味わえる。これは「鮨イコール銀座」という既存概念を変える新しい動きになるのではないかという予感がします。あえて住宅街に店を構える。都内の鮨屋というと何かフォーマルなイメージがしますが、この場所ならばプライベートな感覚で来られます。


福原直樹:店を開く段階になったとき、場所をどこにするかは熟考しましたが、都心だろうが住宅地だろうが、やりたいことに変わりはありませんでした。最初から相応のクオリティはキープしようと思っていましたから。でも、都心で私が考えていたレベルのサービスを提供するならば3万円はかかりますが、この場所なら1万5千円から2万円で提供できます。そこがこの場所を選んだ大きな理由なのですが、「へえ、梶が谷でこの鮨が食べられるんだ」と、お客さんを唸らせたいという想いはありましたね。



高木優一:築地は非常に保守的で格調を重視する世界ですから仕入れで苦労された事も多かったのでは?


福原直樹:それは大変でしたね。築地の有名店はとにかく敷居が高いんですが、さすがに特上の素材を扱っています。このくらいだろうと見積もった3倍ぐらいの値がついているのです。でも、何としても欲しいので勇気を出して「すみません、このウニ譲っていただけませんか」と頼みます。最初は当然「売れねえよ」と、けんもほろろに断られます。そうですかと一旦は引き下がってまた次の日に行く。「おやじさん、お願いしますよ」「だめだめ。行き先は決まってるから」。また、次の日、そしてまた次の日と日参して頼み込みます。そのうち「しつこいなぁ、じゃ分けてやるよ」と言って別のウニを出してきます。でも、目をつけたウニが100だとしたらマイナス50ぐらいのものです。



高木優一:そこまで違うんですか。


福原直樹:全然違うんです。「勘弁してください、これは使えませんよ」と言うと「お前、どこで店出しているんだ」と言うので「梶が谷です」と言っても、そこがどこだか分からない。二子玉川の先と言った時点で「だめだめ、ウチは銀座としか付き合わないから」と答えが返ってきます。でも、どうしても使いたい。それで2~3ヶ月通った頃、帳場のおかみさんが「毎日毎日来ているんだから売ってあげなさいよ、いまどきこんな根性のある子は見たことない」と言ってくれたんです。普通はあきらめるんでしょうね。そこでやっとしぶしぶ売ってもらえました。とにかく、そのウニは物が違いました。まさにスペシャル。素晴らしいのひとことです。感激しました。


高木優一:そこでやっと「築地」に認められたということですね。


福原直樹:今では先方から電話で「今日、こんな貝を競り落としておいたよ」って連絡が来るようになりました。


わざわざ銀座にいかなくても、これだけの鮨が食べられる

高木優一:鮨の素材の売買では、我々が考えているよりはるかに壮絶なプロとプロの駆け引きが行われているんですね。


福原直樹:当初、妻からは原価率を考えると、こんな高い仕入れ値じゃ商売にならないと言われたりもしましたが、私はいずれこの店には客がつくと確信していましたし、何とか食ってはいける状況でしたから、今は原価率が悪くてもいいと説得しました。そして、思惑通り、少しずつ口コミで「あそこ、美味しいらしいよ」と評判が立って遠くからもお客さんが来てくれるようになりました。



高木優一:梶が谷でこんな上質な鮨が食べられる、と。


福原直樹:はい。でも、今、地元のお客さんは2~3割ぐらいですかね。


高木優一:あとのお客さんは、わざわざ東京や横浜から来るんですか。



福原直樹:そうですね。「近くに美味しいお鮨屋さんがないんですよ」っていう話をされます。たまプラーザ、田園調布、自由が丘あたりから来られるお客さんからも、そういう声が上がります。「でも銀座に行けばあるでしょう」と返すと、「仕事じゃあるまいし、わざわざ銀座まで行きたくない」って言いますね。


高木優一:銀座だと商談で鮨店を使うイメージですよね。くつろいで食事を楽しむという感じにはならないかもしれません。


福原直樹:店をオープンしたときに、こんな場所で1万5千円の鮨を誰が食べに来るんだ、と周りからは懐疑的に見られ、半年もたないとも噂されていました。でも、私は絶対にウチを見つけてくれる人がいると信じていました。



高木優一:そして、今ではなかなか予約を取れない店になってしまったというわけですね。


福原直樹:修行時代に親方から「お前、将来どんな店をやりたいんだ」って聞かれたことがありました。「はい、お客がいっぱい入る店がいいですね」と答えますと、「いくらぐらいの値段にするんだ」とさらに聞かれ、「いや、まだそこまで考えていません」と口ごもります。そしたら、「仮に1日10万円稼ごうとすれば、千円のネタだったら100人の客を相手にしなければならない、けれども1万円の鮨ならば10人でいい。2万円なら5人だ。それが鮨屋にはできるんだから安売りはするな。安売りをすればお前も安っぽい人間になるぞ。だが、あまり高くすると偉そうな人間になる。そこをちゃんと考えろ」と言われました。


お客さんを喜ばせたいと気持をどれだけ持てるか

高木優一:最初から高級な鮨屋をやりたいという想いは強かったのですね。


福原直樹:そうです。場所はご覧のように住宅街で人通りも少ないのですが、たとえば溝の口に開けば、「ちょっと軽く飲んで帰るか」という感覚で使われるだろうと思います。でも、ここだと急行も停まらない駅の住宅地ですから、わざわざ美味しい鮨を食べに行こうというお客さんしか来ないわけですね。



高木優一:なるほど。溝の口だと雑多な客層が歩いていますから、サラリーマンが居酒屋と同じような感覚で利用するケースが当然多くなるでしょうね。急行が停まるターミナル駅が必ずしも良いってわけじゃないんだ。


福原直樹:目的を持ったお客さんが来てくれる、私のやりたいことを受け入れてくれるお客さんがわざわざ出向いてくれるということです。お客さんは「あれをくれ、これをくれ」などとは一切言いません。全部お任せですね。


高木優一:作り手である福原さんと受け手であるお客さんとの信頼関係があるからでしょうね。



福原直樹:先日、いつも銀座や表参道の店を仕事絡みで利用しているお客さんがお見えになったのですが、「これいくらでしたっけ。大丈夫ですかね」と訊いてきました。都心の一流店を利用した経験から尋ねたのだと思うのですが、それ以上のネタが次々と出てくるのでちょっと心配になったのでしょうね。「いえ、ウチはこれでやっていますから」と答えたら、「いや、銀座で鮨食うのが馬鹿らしくなってきた」とほっとした顔をしていました。


高木優一:将来、福原さんのような考え方の職人さんがどんどん現われて欲しいですね。街の価値が上がりますから。福原さんが鮨職人としてもっとも大切だと思うのはどんなことでしょうか。


福原直樹:嘘をつかないことだろうと思います。自分にもお客さんにもです。この仕事が心底好きで誇りを持っていれば嘘はつけません。さらには、お客さんを喜ばせたいという気持ちをどれだけ持つかということですね。


高木優一:まさに鮨職人の真骨頂ですね。今日はどうもありがとうございました。