区民ニュースをご覧の皆様。はじめまして。本日から、「いい生き方といい暮らし方 - 人生が少し前向きになる仏教コラム-」と題し、日常生活が少し前向きに、楽になるような 仏教のお話ができればと思っております。


  と言いましても、お葬式や法事などのいわゆる「仏事」は取り扱わず、考え方、心の持って行き方をどうするのかなど「仏教思想」を中心にお伝えできればと思います。


  自己紹介含めて、少しお話しします。 私自身は都内で葬儀会社を経営しております。また、18 歳で出家しましたので、僧侶でもあります。お坊さんはだいたいお寺に住職になったりお寺に勤めるのが一般的ですが、私は自分で会社を起こし、経営の世界に身を置きながら、生きております。僧侶で経営者と言う生き方はあまり聞きなじみがないかと思います。けれども、いまは少ないですがひところに比べると徐々に認知されはじめてきた、というのが印象です。


  日々葬儀の施行を行うかたわら、経営者に向かって仏教を語ったり、講演をしたり、セミナーをひらいたり、執筆したり、仏教思想を伝えることも自分の大切な生業のひとつです。 また週に1度ですが、都内の葬祭業を育成する専門学校にも講師として赴き、葬儀社の卵の学生の方々に葬儀のことを教えています。 専門学校では生徒たちが実際の葬儀のシミュレーションを行うために、「模擬葬儀」というものを実施します。生徒の中から、遺族役や葬儀社役、そしてなんと遺体役も決めて、実際の葬儀さながらな模擬葬儀が執り行われます。何名かの人が関わり、コミュニケーション も含めた調整に、担当役の学生は非常に苦労します。当日の日程までに何をしなければならないのか、どのようにお別れをすればいいのか。綿密な打ち合わせと細かな設定が学生を追い込みます。連日、遅くまで準備に追われる彼らを見て、応援したくなると同時に、日本の葬送文化の未来は明るいな、と頼もしく感じる日々です。



  先日、ある一人の学生がとても悩んでいました。彼女いわく、問題が山積みでどこから手を付けて行けばいいかわからない、とのことでした。模擬葬儀でのお別れの方法や葬儀の調整でかなり悩んでいるようでした。そこで私は、「いま抱えている問題を紙かノートに書いてみて、どうすればいいか見える化してみたら?」と伝えました。


  仏教はいまでは葬儀や法事が全てのように思われがちですが、お釈迦様がおられた当初は日々をどのように生きるのかを考えながら生きる集団でした。日常の困難を解決するための糸口が初期仏教の本質でした。それはいわば、生きるヒントの宝庫であり、数多くの方がお釈迦様の言葉に触れて、よりよく生きる選択をされてきました。 仏教では、自由にならないもの、思い通りにならないものを「苦しみ」の正体と定義します。生きることも老いることも 病(やまい)も死も自分の思い通りにならないものです。病気になりたくないと日々生きていてもなってしまったり、ああいう風に死にたいなと思っていても 存外むずかしかったりします。この世は「苦しみ」ばかりです。


  ここで大切なのは、思い通りにならないから全てをあきらめるのではなく、まず「思い通りにならないものを見つめる作業をする」ということです。何が思い通りにならないのか、 ある程度努力すれば思い通りになるものなのか。時間はどれくらい必要か、労力はどれくら い必要か。自分でその苦しみの正体を見極める作業をする。そうすると苦しみの正体が明確になり、その解決に至る道筋もおぼろげながら見えてきます。


  つまり、自由にならない、思い通りにならない苦しみは、その苦しみと向かい合うことにより、解決策がみつかる。可能であれば、苦しみを可視化して、なぜこんなに苦しいのか、 なぜこんなに悩んでいるのか、などを紙やノートなどに書き出してみて、そこから解決の糸口を見つけるのがよい。 悩みや苦しみは思いの外、つながっていることが多いです。



  一つの問題を解決すると、他の問題もするりと解決することが間々あります。やみくもに場当たり的に問題を解決することを仏教は勧めません。まずは、苦しみを観察し、悩みと向かい合うことが重要です。 学校に登校するのがいやなのなら、行かずに済む方法を考える。会社でどうしても人間関係に不安があるなら、その人と会わないように済む方法を考える。


  何も困難に立ち向かうことのみが問題解決なのではありません。ほどよい距離をとることも立派な問題解決の方法なのです。学生にもそのように伝えました。すると、先週にパッと晴れやかな顔をして、課題が明確になりスムーズになりました、と言ってきました。苦しいことは楽になります。苦しみの正体を見極め解決策を見出し、行動することによって楽になります。しかし、苦しみの正体を見極めないで楽になることはほぼありません。もし楽になってもそれは偶然です。 苦しみを少しでも観察する習慣を身に着けてみてはいかがでしょうか。


足立信行