善人承継 リレーインタビュー
夢を二つ叶えた男。元幕内・剣翔桃太郎が土俵の先で見つけた新しい勝負
焼肉桃松苑 オーナー 安彦 剣太郎 (あびこ けんたろう) さん インタビュー

「関取」と「社長」。少年が抱いた二つの夢

東京都葛飾区。


下町という言葉が似合うこの街で、一人の少年は外を駆け回って育った。


家には弟が二人。家の中より外遊び。水泳に空手、そして相撲。気づけば、休みの日は試合で埋まっていた。


「何もない日って、なかったですね。」


そう静かに振り返るのは、2026年3月に現役を引退した元幕内・剣翔桃太郎こと安彦剣太郎さんだ。


四股名の「剣」は本名から取ったもの。

幼少期に最も影響を受けたのは、相撲や空手の道場の先生だったという。

礼儀、努力、勝負の世界。

少年時代から、人生の土台は土俵の外で既に作られていたのかもしれない。


実は相撲を始める前の夢は「社長さん」。

その後、「横綱になる」という新たな夢が加わった。

そして今、振り返れば二つの夢のうち一つ半は叶えたのかもしれない。

関取になり、そして経営者になったのだから。


氏  名:安彦  剣太郎(四股名:剣翔桃太郎)

出  身:東京都葛飾区

居住地:埼玉県八潮市

現  在:焼肉「桃松苑」経営

泣きながら取った相撲。25年で一番悔しかった敗北

高校時代、全国屈指の強豪校で過ごした三年間。

厳しい稽古を積み重ね、高校三年のインターハイで全国優勝を果たした。

人生で最も嬉しかった瞬間だという。


しかし、そのわずか三か月前。

関東大会で二学年下の後輩に敗れた。


「25年の相撲人生で、一番悔しかった。」


プロもアマも含めた長い競技人生の中で、その悔しさはいまだに色褪せない。


努力は報われるとは限らない。

けれど、成功した人は必ず努力している。

これは漫画『はじめの一歩』で主人公を育てたジムの会長、鴨川源治の言葉だ。

安彦さんはこの言葉を強く信じている。

なぜなら、相撲の世界では九割以上の人間が関取になれないからだ。

努力した全員が成功するわけではない。

それでも努力しなければ、可能性はゼロになる。

現実を知る者だからこそ、その言葉には重みがある。


運命の隣の席。そして引退後の新しい土俵

奥様との出会いは意外にもドラマチックだ。

共通の仲間との集まりで何度も顔を合わせていた。

だが、お互いに気になってはいなかったという。

ところが、五回目か六回目の集まりで初めて隣の席になった。

そこから連絡先を交換し、やがて夫婦となった。


人生はわからない。

土俵の勝負も、人との縁も。

現役引退後に選んだ舞台は焼肉店だった。

理由はシンプル。


「焼肉が一番好きだったから。」


寿司職人のように長い修業が必要な世界ではなく、人を呼びやすく、自分らしく勝負できる場所。

元力士といえばちゃんこ屋のイメージが強い。

しかし安彦さんは、あえて焼肉を選んだ。

しかも使用するのは、冷凍していない和牛。

元関取のオーナーと元力士の店長が迎えてくれる焼肉店。

それだけでも、十分に足を運ぶ理由になる。


ちなみに将来はパン屋も開きたいのだそうだ。

好きなパンは塩パン。

現役時代に土俵で戦っていた大男が、塩パンを語る姿がなんとも愛おしい。

人の魅力とは、こういう意外性の中にある。


「今さら呼ぶなよ」葛飾への複雑な想い

安彦さんは葛飾区出身で唯一の関取だった。

これをさらっと聞き流してはいけない。

唯一である。

だが、現役時代に地元から大きく取り上げられることは少なかったという。

地方では関取が生まれれば町をあげて祝う。

講演会が開かれ、小学校にも呼ばれる。

しかし東京は違う。

人が集まる街だからこそ、地元意識が薄い。

引退間際になって声が掛かったが、安彦さんは断った。


一番輝いてる時に呼べよ。


私はこの言葉が好きだ。

少し乱暴に聞こえるこの言葉の中に、長年積み重なった努力と寂しさ、人間らしさが滲む。

誰だって、自分が輝いている時に見てほしい。成功した後ではなく、頑張っている最中に応援してほしい。


それは関取であっても同じなのだ。


本当の強さとは、見返りを求めないこと

インタビューの最後に、「善人とはどんな人か」と尋ねた。

返ってきた答えが印象的だった。


見返りを求めずに何かをしてくれる人。」


どれだけ優しくても、どれだけ与えても、見返りを求めた瞬間に少し違う気がする。

そんな話だった。そして彼は続ける。

そんな人はなかなかいない。親ぐらいじゃないか、と。


強い人ほど、優しい。

相撲で培った強さは、力ではなく、人を思いやる心の深さに変わっていた。


五年後の自分への質問はこうだった。


「奥さんと仲良くやってますか?」

「家族みんな元気ですか?

「子ども生まれてますか?」

「お店は何店舗になった?」


そして、


「痩せてますか?」


自分への期待と興味が止まらない。

夢は、まだ続いている。

土俵を降りても、この人の勝負は終わらない。


むしろ、ここからが本当の第二章なのかもしれない。


インタビュー後記

相撲取りというと、寡黙で豪快で怖そう。

そんなイメージを勝手に持っていた。

ところが実際に話してみると、驚くほどよく喋る。

しかも面白い。


論破タイプだと自分で笑っていたが、確かに納得した。

そして何より、人が好きなのだと思う。

結婚式の人数を見ても、それはよくわかる。

人は肩書きで集まらない。

人柄に集まる。

関取だったから人が集まったのではない。

安彦剣太郎という人間だから、人が集まるのだ。


ちなみに将来の夢は、焼肉、しゃぶしゃぶ、焼き鳥、そしてパン屋。

気づけば飲食店の総合格闘家になろうとしている。

五年後、「何店舗やった?」という自分への問いの答えが楽しみだ。未来の自分を想像する表情がとても明るかったから。

ちなみに、このインタビューは実際に安彦さんの焼肉屋で肉を食べながら行った。

これがまた、めちゃくちゃ美味しかった。

話は面白い。肉はうまい。店主は元関取。

情報量が多すぎる。

焼肉屋として強いのか、人として強いのか、元力士として強いのか。

たぶん全部強い。

だから五年後の答えを聞きに、またこの店に行こうと思う。


もちろん、冷凍していない和牛と、塩パンの話を聞きながら。

お問い合わせ

焼肉 桃松苑

〒135-0002

東京都江東区住吉2丁目24-15メゾン大塚1階

TEL:03-6666-9902

HP:https://yakiniku-toshoen.com/store/

*お電話相談の際、『区民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。