約10万人の犠牲者を出した東京大空襲から10日で80年を迎える。
国民学校(現在の小学校)地下に設けられ、証言などでは知られていた防空壕(ごう)「市民防護室」の設計図が、すみだ郷土文化資料館(東京都墨田区)の調査で見つかった。
当時の東京市(現・東京都)が市民を守るために整備したが、収容能力などに課題

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