善人承継 リレーインタビュー
ストレス、ゼロ。見つけた、最高の居場所
戸塚酒場 憲-KEN- 松尾 和幸 (まつお かずゆき) さん インタビュー

善人承継リレーインタビュー

氏名

松尾 和幸(まつお かずゆき)

生年月日

平成4年12月25日

出身地

福岡県久留米市

経歴

高校卒業後、18歳で上京。養老乃瀧株式会社に入社し、約15年3か月勤務。都内を中心にさまざまな店舗を経験し、入社14年目で店長に就任。

退職後、岩田憲一朗さん、千葉真也さんとともに2026年4月「戸塚酒場 憲 -KEN-」を開業。現在は調理を中心に店を支えている。


「クリスマス生まれ」の少年が、台所に立つようになるまで


「誕生日は12月25日です」


そう聞いた瞬間、

「やっぱり、誕生日とクリスマスプレゼント、一緒にされたタイプですか?」


「そうです(笑)」やっぱり…


クリスマス生まれという華やかさの裏側には、子どもにとってはなかなか切実な“プレゼント一本化問題”があるらしい。


そんな松尾和幸さんが育ったのは、福岡県久留米市。幼い頃は「人見知りをしない子だった」とご両親から聞いているという。


小学生になると、母親の勧めで少年野球を始めた。きっかけは、同じマンションに住む知り合いの子が野球をしていたことだった。


自分から「野球がやりたい!」と飛び込んだわけではない。


中学では、その友人を追いかけるようにソフトテニス部へ。高校では部活動には所属せず、地域の草野球に参加したり、人数が足りないと声を掛けられれば硬式テニスを手伝ったりした。


話を聞いていると、松尾さんの人生には昔から一つの特徴がある。

自分から強引に道を切り開くというより、誰かから「一緒にやらない?」と声を掛けられる。そして、その縁を大事にしながら、気がつけば次の場所へ進んでいるのだ。


料理との出会いも、そんな日常の中にあった。


高校時代、共働きの両親は帰宅が遅かった。そのため、家にいる松尾さんが掃除や洗濯、そして食事の準備まで担っていたという。

ネットでレシピを調べ、作れそうなものを見つけては挑戦する。


アスパラの肉巻きのような家庭料理を作り、仕事から帰ってきた両親に出す。


「美味しいって言ってくれるんですよ。それで、料理って楽しいなって」


誰かが食べてくれる、誰かが喜んでくれる。


現在まで続く松尾さんの料理の原点は、料理学校でも有名店の厨房でもない。家族の「美味しい」の一言だった。

二度落ちて、東京へ。そこから始まった15年3か月

高校卒業後、最初から飲食の世界一本に決めていたわけではなかった。


学校の先生から勧められ、まず自動車関係の会社を受ける。落ちた。


「じゃあ、おばあちゃんが大阪にいるし、大阪に行こう」料理も好きだったため、今度は大阪の飲食チェーンを受ける。また落ちた。


普通なら少々へこみそうな展開だが、松尾さんはそこで止まらない。


「じゃあ次は東京に行きたいなって」

なぜ東京だったのかと聞けば、「どんどん東に行った感じですね」と笑う。


三度目に選んだ会社の大きな決め手は、社員寮があったこと。18歳で知らない土地へ出る以上、住む場所が確保されていることは大きかった。そして、今度は合格。


ここから、約15年3か月に及ぶ料理人生活が始まった。


最初の配属は吉祥寺。その後、都内のさまざまな店舗で経験を積んだ。繁忙期になると、人手が足りない地方店舗へ数日から二週間ほど応援に行くこともあった。


華々しく昇進街道を走ったわけではない。


店長になったのは入社14年目。むしろ松尾さん自身、「かなり遅かった」と振り返る。


そして、その店長生活が想像以上に過酷だった。

かつては店長、副店長、社員スタッフ、アルバイトという体制だった店舗も、松尾さんが店長になった頃には社員が自分一人。


周囲をアルバイトや外国人スタッフが支えるような状態、人が足りない。新人に仕事を教えたくても、自分自身が現場から離れられない。誰かが辞めれば、一人ひとりの負担がさらに増える。


半年ほど、月に2日しか休めないこともあった。


不思議なことに、そんな生活に身体が慣れてしまうと、ようやく休めた日に体調を崩すことさえあったという。


「休まず働いていた方が、まだマシだった時もありましたね」


笑いながら話すけれど、決して笑い話ではない。


理不尽に怒られ、「それはおかしくないですか」と反論したこともある。しかし、それを繰り返すことにすら疲れていった。


「もう、自分が我慢すればいいやって」

その言葉に、15年間積み重ねてきた疲れがにじんでいた。

15年前の寮で出会った仲間が、人生を変えた

そんな松尾さんの人生を大きく変えたのが、岩田さんと千葉さんだった。


岩田さんとは入社当時の社員寮で出会った。


勤務する店舗は別だったが、岩田さんにはずいぶん可愛がってもらったという。


その後、岩田さんが店長として異動するたびに店に顔を出したり、一緒に飲みに行ったりする関係が続いた。気づけば15年。


千葉さんとは入社2年目頃、御徒町の店舗で一緒に働いた。


三人がずっと同じ店にいたわけではない。それでも縁は途切れなかった。


職場で知り合う人は沢山いる。

けれど、部署が変われば疎遠になり、会社を辞めればさらに離れていく。


ましてや15年後、一緒に店をやっている人が何人いるだろう。


独立の話が進み始めた頃、岩田さんと千葉さんの二人だけでは、店の運営、とりわけ食材や厨房の管理が難しいという話になった。


そこで名前が挙がったのが松尾さんだった。


偶然にもその頃、松尾さんは会社を辞めることを考えていた。


仕事は限界に近づいていた。身体も、気持ちもきつい。


そんな時に差し出された、

「一緒にやらないか」という言葉。


松尾さんの返事は早かった。

「ぜひ、やらせてください」


人生には、ときどき怖いほどタイミングが重なる瞬間がある。


もし出会った時期が違ったら。

もし15年間、関係が続いていなかったら。

もし松尾さんが元気いっぱいで「まだ会社で頑張ります」と思っていたら。


一緒に店に立つ今日は、なかったかもしれない。



「ストレス、ゼロです」――眠れることが教えてくれたもの


独立してからどうですか?


そう尋ねると、松尾さんは迷いなく答えた。


「いや、もう最高ですよ」


何が一番違います?


「ストレス、ゼロです」


この言葉は強かった。


以前は仕事を終えて帰宅しても、眠いのに眠れなかった。朝5時頃まで眠れない。


それでも数時間後には起きなければならない。身体は少しずつ削られていった。


腰も痛め、痛み止めを飲みながら仕事を続けていた時期もある。


ところが今は、帰宅すると一時間もしないうちに眠れる。朝も自然と早く目が覚める。痛み止めに頼ることもほとんどなくなった。


「本当に楽しいです」


何気ない一言だけれど、その言葉に辿り着くまで15年以上かかった。


働くとは、我慢することなのか。

責任を持つとは、自分を削り続けることなのか。


松尾さんの話を聞いていると、「環境が変われば、人はこんなにも変わるのか」と思わされる。

そして何より印象的なのは、松尾さんがこの新しい環境を「自分が手に入れた成功」とは語らないことだ。


今後の目標を聞いても、「自分が何店舗も出したい」という答えは返ってこなかった。

代わりに出てきたのは、こんな言葉だった。


「岩田さんと千葉さんに、恩返しじゃないですけど、2人の役に立ちたいんです」


自分の店を持つことになれば、その時は全力で向き合う。


でも今は、まず二人の力になりたい。

長い料理人生活の中で自分を支えてくれた仲間を、今度は自分が支える。


松尾さんにとって、この店は“独立して自分が成功するための場所”というより、15年かけて育てた関係への恩返しの場所なのかもしれない。


クチコミで広がる店。新しい街で始まった「これから」


この街に引っ越してきて、まだ約2か月。

それでも松尾さんは、「住みやすいですね」と話す。


店には、すでに週に5、6回来てくれる常連客もいる。毎週決まった曜日に顔を出す人もいる。


そして、新しく訪れる人のきっかけとして多いのがクチコミだ。


「美味しかったって聞いて来ました」


飲食店にとって、これ以上うれしい言葉はないだろう。


広告ではなく、人から人へ。


一度食べた人の「美味しかった」が、次の誰かを連れてくる。


高校生の頃、両親からもらった「美味しい」が料理を好きになるきっかけになった松尾さん。


それから十数年。


今度は松尾さんたちの料理を食べたお客さんの「美味しい」が、新しい店を育て始めている。


「まだ自分は1か月ちょっとしかいないんで。僕の力じゃないですよ。二人の力です。足を引っ張らないようにするだけで精一杯です」


そう言うけれど、次回のメニュー改定では松尾さんが考えた料理も加わる予定だという。


どうやら“足を引っ張らない人”どころか、これからますます店の味をつくる一人になっていきそうだ。


将来の夢を聞くと、

「働かないでお金を得たいです」


突然、ものすごく現代的な答えが返ってきた。


いつか早めに仕事を卒業して、のんびり暮らしたい。そのためにも、今は目の前の店を育てる。


人のために料理を作り、人のために動き、仲間の成功を願う松尾さんだからこそ、いつの日か本当にのんびりする権利くらいは、誰よりあっていい気がする。


ただし、料理を食べたい側としては――少しでも長く働いてもらわないと困るのだけれど…



インタビュー後記

松尾さんへのインタビューで何度も感じたのは、この人、びっくりするほど自分を大きく見せないなということでした。


店に常連さんが増えた話をしても、「二人の力です」これからの目標を聞いても、「二人の力になりたい」料理の話をしても、「簡単なものばっかりですよ」。謙遜の人です。


そして、このインタビューで何よりも印象に残った言葉が『ストレス、ゼロです』。


今どき働いていて『ストレス、ゼロです』なんて堂々と言える人が果たして何人いるのでしょう?

羨ましい限りです。


人は、頑張る場所を変えてもいい、一緒に働く人を選んでもいい、そして、誰かとの縁が人生を救ってくれることもある。


そんなことを、松尾さんは大げさな言葉を使わず、自分の人生そのもので教えてくれた気がします。


ちなみに、今回の取材メンバーは全員が「早くFIREして、のんびりしたい」という。


善人承継の取材をしているはずなのに、気を抜くと“早期リタイア希望者の座談会”になりそうです😅


でも松尾さんの場合、きっと本当にFIREしたとしても、誰かに「ちょっと手伝って」と言われたら、「いいですよ」と普通に出てきてしまいそうです。


そんな人だからこそ、周りに人が集まる。

「この人に会ってみたい」と思わせるものは、派手な成功談だけではない。


誰かのために自然と動けること、もらった恩を忘れないこと、そして、「最高ですよ」と笑える場所を、ちゃんと自分で選び直したこと。


松尾和幸さんの物語は、まだ新しい店とともに始まったばかりです。


追記 :松尾さんはとてもシャイで写真はちょっと…との事でお顔はギリギリ横顔😅


正面からきちんとお顔を見たい方は是非お店にいってみてください。


お店は年中無休ですが、シフト制なので、事前に松尾さんの出勤日を確認してからどうぞ。


ちなみに彼女大募集中です。


既婚者の岩田さんと千葉さんが、「ホントにいい奴なんですよ、誰か良い人いたら紹介してやって下さい」と何度も😅仲間に愛されています。


皆さん宜しくお願いします😁

お問い合わせ

戸塚酒場  憲 ーKENー

〒244-0816 神奈川県横浜市戸塚区上倉田町383 小串ビル 1階

TEL:045-719-5240

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年中無休 16:00〜23:00

*事前に予約する事をオススメします。

ご予約の際は『区民ニュース』の記事を読みました、とお伝え下さい。

お店のInstagram@ken_totsuka.sakaba

ご紹介者さま: 戸塚酒場 憲-KEN- 千葉 真也 さん