第257回 氷川風土記「戦艦武蔵と山本五十六」

「絶対沈まない軍艦」としてその名を世界に轟かせた戦艦武蔵。
戦艦武蔵の艦内神社には、武蔵一宮氷川神社の御分霊が祀られていました。

その戦艦武蔵は、大和型戦艦の2番艦として三菱重工業長崎造船所にて起工・進水し、呉海軍工廠にて竣工しました。
戦艦武蔵には後に連合艦隊司令長官・山本五十六が乗艦し、昭和18年2月11日から昭和19年3月31日までは連合艦隊旗艦として活躍しました。

この昭和18年2月11日、トラック島で連合艦隊旗艦が戦艦大和から戦艦武蔵に変更され、山本長官が武蔵に乗艦しました。

しかしその後、同年4月18日、前線視察に向かった山本長官の搭乗機はブーゲンビル島(パプアニューギニア)上空で米軍機に撃墜され、山本長官は帰らぬ人となります。
最高指揮官の前線での戦死はその影響力を鑑みて徹底的に秘匿され、約1カ月後の5月21日に大本営が発表するまでは国民にその死は伏せられました。
遺族にその情報が伝えられたのも、公式発表の1日前である5月20日でした。

そして、その功績から、昭和天皇は「薨去に付(つき)特に国葬を賜う」と決定。
その後の6月24日、昭和天皇は戦死した山本長官の遺骨を運ぶために帰国した戦艦武蔵を行幸されました。
戦艦武蔵は山本長官と昭和天皇の縁を紡いだ戦艦でもありました。

戦艦武蔵の完成から、山本長官の死去、そして昭和天皇の行幸という歴史を武蔵一宮氷川神社は艦内神社として見守ってきたことは、語り継いでいくべき歴史の一つです。

〔 Word : Keiko Yamasaki Photo : Hiroyuki Kudoh 〕

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