主な経歴
昭和51年3月東京大学理学部数学科卒業
昭和57年3月東京大学医学部医学科卒業
昭和58年1月東京大学医学部付属病院分院勤務
平成6年2月東京逓信病院勤務
平成10年6月郵政省大臣官房人事部保健企画室長
平成14年8月郡山郵政健康管理センター長
平成16年3月ゆうぽうと健診センター長
平成19年4月社会保険中央総合病院健康管理センター勤務
平成20年1月秋元労働衛生コンサルタント事務所代表
医師を目指されたきっかけを教えてください。
原点は、小学生の頃に読んだシュバイツァーの伝記です。
「せっかく生まれてきたんだから、世のため、人のために生きるんだ」
そんなことを子どもの頃から考えていました。
ただ、最初から医学部に進んだわけではありません。
東京大学の数学科に進学し、4年間学んだ後、「やっぱり人の役に立つ仕事がしたい」という思いが強くなり、医学部を受け直して医師になりました。
医師になってからは消化器内科医として臨床を経験。
その後、東京逓信病院に勤務していた時、院長先生から、
「君、本省で働いてみないかね」
と声をかけられたことをきっかけに、郵政省へ移ることになりました。
郵政省では、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?
当時の郵政省には約30万人の職員がいて、私は全国の職員の健康管理を統括する部署にいました。
全国の産業医の先生方と関わる中で、メンタルヘルスについても、
「しっかり対応していかなければいけない」
と考えるようになりました。
ところが、ある時、
「秋元さん、産業医の資格を持っていないんじゃないですか?」
と言われまして(笑)。
「これはまずい」と、その年の夏に産業医の資格を取得。
さらに労働衛生コンサルタントの資格も取得しました。
ただ、資格を取っただけでは十分ではありません。
全国の産業医に健康管理について話すのであれば、自分自身も実際の現場を経験したい。
そう考え、産業医として現場に出ることにしました。
実際に産業医として現場に出て、どんなことを感じましたか?
福島県郡山市の診療所長として2年間、実際の産業医業務に携わりました。
健康診断を中心に、メンタルヘルスの相談などにも対応しました。
そこで実感したのは、産業医の仕事は単に健康診断をするだけではないということです。
会社には会社の事情があり、働く人には一人ひとりの事情があります。
実際に職場へ行き、社員さんと話し、その環境を見る。
そうした現場経験が、その後の私の産業医としての仕事の土台になりました。
その後、健診センターなどで経験を積み、独立しました。

独立後は、どのように仕事を広げていったのでしょうか?
独立した当初は、一から仕事を作っていく必要がありました。
そこで大きかったのが、人とのご縁です。
産業医の世界で著名な浜口先生に師事したこと。
そして、大学時代の同級生が大手企業の統括産業医をしていて、そのつながりから企業をご紹介いただいたこと。
そうしたご縁から少しずつ仕事が広がっていきました。
ピークの頃には30社ほどの企業を担当していました。
振り返ると、知識や経験だけではなく、人とのつながりにも本当に恵まれていたと思います。
20年以上、産業医を続けてきて、企業の健康課題は変わりましたか?
大きく変わりました。
20年前から現在まで、メンタルヘルスの相談は多いのですが、その内容は変化しています。
20年ほど前は、メンタル不調の方に対して、
「元気づけなければ」
と考える企業も少なくありませんでした。
でも実際には、無理に励ますのではなく、まず話を聞く。
必要であれば休んでもらい、専門医につなぐ。
そうした基本的な対応を企業に伝えることが多かったですね。
現在では、人事や総務の方々も知識を身につけ、社内で対応できるケースも増えました。
一方、最近増えているのが、発達特性に関する相談です。
特にADHDなどについて、企業から相談を受ける機会が増えています。
企業の健康課題は、時代とともに変化していると感じます。
現在、どのような企業からの相談が多いのでしょうか?
50人以上の会社では、法律上、産業医の選任が必要です。
ですから、私が特にお役に立てるのは、産業医の選任そのものというより、
「社員のメンタルについて、もう少し専門的に相談したい」
「発達特性のある社員への対応について相談したい」
「休職や復職について医学的な意見を聞きたい」
といった、具体的な健康課題を抱えている企業です。
また、50人未満の企業から相談をいただくこともあります。
必要な時に相談できる医師がいるという意味では、顧問弁護士や顧問税理士に近いかもしれません。
何か問題が起きてから慌てるのではなく、
「ちょっと相談したい」
という段階で気軽に相談してもらえればと思っています。
これから目指していることを教えてください。
今の仕事にはかなり満足しています。
新しい事業をどんどん立ち上げたいというより、私は単純に働くことが好きなんです。
現在72歳ですが、
「75歳までにしようか、80歳までにしようか」
と考えています(笑)。
最近では、後輩の先生から、
「退官したら産業医をやりたい」
と相談を受けました。
これまで培ってきた知識や経験を、次の世代に伝えていく。
それも、これからの仕事の一つなのかなと思っています。

インタビュー後記
「会社と働く人の健康を、現場から支える。」
メンタルヘルスへの理解が進み、現在では発達特性など、より複雑な相談も増え続けている現在。
だからこそ、医学的な知識だけではなく、企業の環境や働く人の状況を理解した上で、一緒に解決策を考える。
それが秋元さんの考える産業医の役割であると、強く話されていらっしゃいました。
「社員さんの健康と笑顔を職場に」
その言葉を胸に、72歳になった今も現役で企業を訪れています。
そして、
「75歳までにしようか、80歳までにしようか」
と笑う秋元さん。
長年の経験を生かしながら、これからも企業と働く人の健康を支え続けてほしいと強く思いました。
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*ご相談の際、『区民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。