出身 : 東京都千代田区

学歴:昭和43年千代田区立芳林小学校卒業

昭和46年千代田区練成中学校卒業

昭和49年東京都立忍岡高等学校卒業

昭和53年専修大学経済学部卒業

ご家族:妻・次女の3人暮らし 長女夫婦・孫2人と同居

趣味:ワイン、グラス・ペン等筆記用具が好き 食べ物 お寿司とカニ

職歴・経歴: 大学卒業後、衆議院議員秘書として2年半、民間企業でのサラリーマンとして10年間従事した後、平成3年、36歳で千代田区議会議員選挙に初挑戦、初当選を果たし、以降千代田区の為に議員活動に邁進。平成13年、議員を辞職し千代田区長選に臨むも敗退。 その後はボーイスカウトの団委員長として地域の少年少女の健全な育成サポート、地元地域を訪れる人たちと商店街とを結ぶ為のフリーペーパー「あきば通」を創刊するなど自分にできる地域の為の活動を継続。その後平成15年に再度区議会議員選で当選し以降今日に至る。 地域ボランティアの一環として年に1度、秋葉原のまちの清掃活動を行う「秋葉原おそうじ志隊」を企画、有志達と共に実行している。2023年11月19日開催は第16回となる。

議員にはどんなきっかけでなりましたか?

きっかけは、父親が千代田区議会議員として活動しているのを子どもの時から目の当たりにしていた為、議員活動にとても興味がありました。地域の皆様の困りごとへの対応や、解決した時の当事者の喜びにやりがいを見出していた父親の姿は私にとって憧れであり、私たち子どもには厳しくも、尊敬できる自慢の父親でした。


当時は今とは少し違い、議員は地域に影響力がある人、地域への貢献や、地域から寄せられる信頼が無いとなれない特別な職業でした。今時のように、地域に根差しているわけでもなく、貢献した実績のない新人が立候補し、選ばれることはありませんでした。家族に政治家がいるか、弁護士、大学教授、医者等の社会的信用や信頼を得られている方々、まちの人とよく交流し、まちのすみずみまでよく知っている地元町会長、子どもを通して各家庭への影響力があるPTA会長経験者等が議員となっていた時代です。


自分も父親のように千代田区議会議員になって、千代田区をもっとよくしたいと考えていました。その為にはまず選挙を勝つ必要があります。政治活動と選挙は別物なのですね。父親が選挙の度に苦労していたのをみていて「自分ならもっとうまく選挙で勝てる」という自信がありました。代議士の秘書経験のおかげもあり、初当選は4位。その後は4回連続して1位で当選させて頂きました。地域の皆様からの熱い期待に支えられて今日の私があります。そもそも議員には選挙という土俵に上がらなくてはなることができず、その土俵で勝たなければ、議員活動を行うことができない、負けられない世界です。選挙は勝たなければ私に期待して頂いている皆さんの為の活動を満足に行うことができないのです。とにかく30~40代の頃は、選挙の度に勝つことに全力を尽くしておりました。

選挙や政治活動の中で特に工夫していることはありますか?

依頼事は、いつ頼まれてもすぐやる事。どぶ板選挙に徹した。演説では最近だと政策についてTikTokで1分動画を作成して発信しています。ちなみに選挙カーにもQ Rコードを貼っています。


選挙活動中に政策について聞かれることがあるのですが、正直簡単な話では済まないことが多いので、TikTokやYouTubeで政策などについて発信を始めました。その場では伝わり切らない分は、YouTubeを見てくださいと言っています。


また、動画を撮影することで自分のスキルアップにもなりまして、短く要点を抑えて話す訓練が出来ました。最初の頃は動画の修正が大変だったのですが、最近は殆んど直さなくても良くなりました。


また新しいこと、周りの政治家がまだやっていないことに関しては常にアンテナを張るように意識しています。世の中は過去から現在に全て繋がっているので…。私のように長く議員をやっている人間が古い事に得意なのは当り前です。ただ新しい事が生まれると古い事にぶつかることがありますので、そこの部分は私も理解するために新しい意見を取り入れるようにしています。

政治についてみなさんに知って欲しいことはありますか?

政治家には、誰にも負けない熱意が大事だと伝えたいです。議員になったところで、政治に関しては「周りの人がやってくれる」という考えでは何も世の中を変えられないです。


例えば区から政策案が出た時、それに賛成するというのはすごく簡単な事なのです。「周りに合わせて後はおまかせ」で自分は何もしないではなく、その案に反対意見が出た場合問題を掘り下げ、賛成が多くても少数でも突っ込むような熱意がないと民意をくみ取ることが出来ません。


議員も役人の方も、正直サラリーマン化が進んでいまして「なんとかこのまちを変えてやろう」という想いのある人こだわりを持っている人が非常に少なくなっています。

どんな世の中を目指していますか?

温かみのある人が溢れる世の中を目指します。昔の日本は、もっと繋がりや助け合いを大切にしていました。最近はどんどん人と人とが疎遠化していって、昔はよく見たお節介おじいちゃんやおばあちゃんはいなくなりました。日本らしい常識やモラルを教えてくれる人が減りました。お節介をすると非難されるような世の中ですからね。繋がりによって人と人とがモラルを共有しあって助け合う。そんな古来の温かい部分がなくなりつつあります。


例えばメトロの階段にある車椅子専用のエレベーターなど。これはバリアフリー法によって付けなくてはならないのですけど、実際ほぼ使われていないです。


使わないにも関わらず、点検やその人件費で大きなコストが掛かっています。これは「助け合い」の精神があれば済む話であって、車椅子を使う高齢者や障碍者の数はそもそも稀ですから、その時くらいは周りの人が進んで支えて運んであげればいいのです。「助け合い」というモラルがあれば、こういった無駄なお金の使い道は減っていって、もっと必要なことに使えると思います。


インタビュー後記

ジェネレーションギャップなく、新しい世代の流行にチャレンジする精神は凄いなと感じました。私はすでに自分の息子たちの話についていけないので。笑 積極的に今の世代に寄り添おうと取り組む小林議員の姿勢に感激です。また、ご家族への愛情もすごく感じました。


インタビュー合間にご家族のことを聞いたときに家族の支えがなければ成り立たないと感謝されているお話し振りにとても感動しました。お話を聞いていると選挙と政治を両方こなすのはとてつもなく大変で、それをやり切るには誰にも負けないような熱意が確かに大事だなと気付かされました。これからも数々の新しい挑戦をこなし、熱意を持って世の中を変える小林議員に期待です。