この本は、今年なくなってしまう、昭和21年にはじまった岡ビル市場の古本屋さんで購入した。ちょうど30年前のものである。少し長いけど、これは30年前に書かれたものであり、まさに今読むべきだと思った。

はじめに

日本の歴史のなかで、もっとも大きな意味をもった一年は、昭和20年1945年である。わずか一年間でこれほど大きく世の中がかわったこともはじめてで、その変動の幅は、明治維新をはるかにこえている。

50年たった現在、その昭和20年の激動をふりかえり、その一年間を再現してみようとしたのがこの本である。

昭和20年の前半は、まだ大日本帝国が世界を敵として戦っていた。前線の日本軍はアジア太平洋の広い地域にひろがり、制海権制空権を全く失っていながらも、絶望的な戦いを続けていた。大本営と政府は、来攻する米軍を日本本土で迎え撃つのだとして「本土決戦」を計画し、全国民はこの決戦のために根こそぎ動員されていた。そして「国体維持」という最後の目的のために、みんな死ぬまで戦うのだと「一億総玉砕」が叫ばれていた。今では信じられないほどの非合理な考え方が国じゅうを支配し、そのなかで歴史上最大の犠牲がうまれた。

昭和20年8月、その大日本帝国がポツダム宣言を受諾し、連合国に降伏した。連合国軍の対日占領方針は、非軍事化と民主化だった。天皇を神とし、軍国主義を柱としてきたそれまでにかわって、人権と自由と民主主義という、日本人が体験したことのなかった価値がもちこまれた。この大きな変動が、降伏後の数ヶ月で進行したのである。

それから50年、日本の変化と発展は凄まじかったが、その芽はすべてこの年に蒔かれている。21世紀を前にしたこの節目の年に、昭和20年の激動をあらためて問い直すことは、大きな意義があるだろう。

とくに最近になって、昭和天皇の死去がきっかけのひとつになって、天皇自身やその側近にかかわる多くの極秘資料が公開されたこと、ソ連の崩壊にともなう国際関係についての新資料が発掘されたこと、年月が経過して各国の情報公開が進んだことなどによって、この時期の諸問題についても多くの新事実が明らかになった。

50年という時間の経過は、戦争の記憶を風化させている。昭和20年を経験した世代も、日本人のなかでは少数になっている。しかしこの激動の年のもっている歴史のなかでの重い意味は、けっしてうすれてはいない。そこで私たちは、第一線の若い研究者の協力で、最近の新資料による研究成果をとりいれて、現在の視点からこの激動の年を再現しようとしたのである。

歴史は将来への教訓と指針になるはずである。昭和20年をふりかえることが、21世紀の日本を考えるために役に立つことを願っている。

元一橋大学教授 藤原彰

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7 いいね! ('26/02/02 10:01 時点)