今回のゲストは、宇都宮大学名誉教授の友松篤信さんです。

友松さんはご専門の国際開発・国際協力とは別に、東南アジアのイスラム圏との結びつきを強めるため、ハラール(イスラム教の戒律に即した事柄や行為)への理解を訴えておられます。

今日は、日本人にはまだよく知られていないハラールについてお話していただきました。


Photo:長谷部ナオキチ

イスラム教徒の女性は何より慎ましさが美徳

高木優一:2020年の東京オリンピックに向け、日本はこれから外国の方々との交流や受け入れが一層進んで行くと思われます。当然、イスラム圏の方も数多く入って来られる。現にこの川崎から近い東工大などにもイスラム圏の留学生が増えているようですね。


友松篤信:東工大はムスリム(イスラム教徒)の留学生は多いですね。



高木優一:不動産の領域から捉えてみますと、そういう留学生をターゲットにするアパート経営をしている地主さんは増えると考えられます。日本人学生の入居者が少なくなってきていますから。今は、私立の大学に子供を行かせるという場合、少し遠くても自宅から通わせるという傾向が強くなっています。昔なら大学近くに下宿をさせていたのに、今は2時間かけても自宅から通わせる。そうすると、学生はみんな授業が終わったらすぐ家に帰るんです。そして自宅の近くでアルバイトをする。私立大学の授業料が高すぎて、下宿をさせられる余裕のある家庭は少なくなってきているんですね。全国から優秀な学生が集まるというイメージのある早稲田大学ですら、通学圏内の一都三県から通う学生が7割を占めるというのですから驚きです。



友松篤信:そうなんですか。


高木優一:ところで、今、日本ではイスラム教徒の外国人男性と日本人女性が結婚するというケースが多くなってきていると聞きます。


友松篤信:日本人女性が結婚してからイスラムに改宗するパターンですが、全国で1万人ぐらいのイスラム教徒の日本人女性がいます。



高木優一:1万人ですか。意外と多いなという印象です。結婚してありとあらゆる習慣の違いを受け入れるということですよね。


友松篤信:そういうことですね。ムスリムの女性の場合は、慎ましさが求められます。たとえば、異性と話すときは視線を下げるとか、じろじろ見ないとか。また、身体の線は隠す、顔にはスカーフを巻いてなるべく見せないようにするなど、女性の美しい部分は見せるなとコーランに書かれてあるのです。それが戒律なんですね。


高木優一:今の日本とは真逆のイメージがありますね。


友松篤信:昔は日本でも女性は「慎ましさ」とか「清純さ」が良しとされていました。イスラムでは、ずっとそれが伝承されているということです。


高木優一:生活のあらゆる面でそれが求められているんですね。


イスラム教徒はアラブ諸国より東南アジアの方が多い

高木優一:先生はイスラム文化の研究がご専門というわけではないですよね。


友松篤信:違います。留学生との付き合いや活動の中でムスリムに関心を持ったということです。私の専門は国際開発・国際協力といった分野です。途上国の農業開発、教育開発などですね。



高木優一:ハラールの普及活動は、主に日本人に対してということですか。


友松篤信:そうです。対象は日本人です。日本人相手にイスラム教徒への対応のやり方をコンサルティングしているのですが、私が指導するというより、イスラム教徒の学生(留学生)に協力してもらって、彼らに実際的な指導や情報提供をしてもらっています。私は両者の間を取り持つという役割です。たとえばホテルとか美容院などがイスラム教徒の方をお客さんとして受け入れる際にどのような点に注意したらよいのか、というようなことですね。


高木優一:なるほど。



友松篤信:あとは、イスラム教徒に出すお弁当、ハラール弁当ですね。それを作る際の注意点をお弁当屋さんに教えたりとか。日本にやって来る観光客、ビジネスマンをどのように受け入れるかをホテルやレストランに指導しています。永年日本に住んでいるイスラム教徒は、ある程度日本の風習を理解しているので我々に合わせてくれており、それほどの混乱は起きません。


高木優一:イスラム文化圏といっても広範囲にわたりますが、どのあたりの地域からの観光客やビジネスマンが多いのですか。


友松篤信:圧倒的に東南アジアと南アジアですね。インドネシア、パキスタン、インド、バングラデシュなどはイスラム教徒が特に多い地域です。マレーシアも6割ぐらいがイスラム教徒です。



高木優一:アジアですか。少し意外な感じがしますね。


友松篤信:アラブ圏の国々がイスラム教徒の数が多いイメージがありますが、実際には東南アジア・南アジアの方が多いんです。インドネシアは世界最大のイスラム教徒の国ですね。ムスリム人口が2億人ですから。インドネシアから日本へ来るビジネスマンや観光客は毎年30%ずつ増えています。


高木優一:イスラムの文化やハラールって、日本人がまったく不慣れというか、理解しづらい世界ですね。私はイスラムと聞くと、まずは過激派のテロ活動を思い浮かべてしまいます。



友松篤信:理解しづらいでしょうね。イスラムの戒律のことをイスラム法と言うのですが、イスラム法には色々な解釈があります。その中で特に保守的な解釈、彼らの経典であるコーランに書かれてあることを一字一句すべて正しいとする原理主義の流れが歴史的にあり、特にサウジアラビアやイエメンのムスリムにはその傾向があります。そうした土壌の中から生まれたものが過激派と呼ばれる人たちなんですね。もちろんムスリムのごく一部で、大多数のムスリムは反対しています。


高木優一:なるほど。どんな状況であろうとお祈りを最優先させるということなども、日本人には理解しづらいことの一つですね。


友松篤信:お祈り、すなわち神と人との関係を人と人との関係より重視するという考え方は、なかなか日本人には理解できないことだと思います。


今や日本はアジア諸国の憧れの国ではない

高木優一:日本の産業メーカーも国内だけでは商売が成り立たなくなってきている現在、世界の4分の1を占めるイスラム圏の人たちを、文化が違うから受け入れられないなどと言っている場合ではないような気がします。イスラム教徒の多いアジアの諸国、たとえばマレーシアなどを見てみますと、少し前までは途上国と言われてきましたが、先進国の仲間入りをするのも遠い将来ではないと感じます。


友松篤信:マレーシアなどは後進国と先進国の中間地点、中進国と言われていますね。



高木優一:なるほど中進国ですか。それらの国は、まだまだ経済的には「のびしろ」がありますよね。日本ではもう物が売れる時代は終わっているような気がしますが、マレーシアなどはこれからますます.消費が伸び経済発展をしていくでしょうね。


友松篤信:そう思います。


高木優一:これからは、イスラム教徒の学生が日本に抵抗なくどんどん来てもらえるようにならなくてはいけないですね。アジアの途上国の学生たちが留学しようとする際、今や日本は選択肢にならないんじゃないですか。ラストフロンティアと言われるミャンマーでも、まあ、あそこは仏教国ですが、憧れの国はもはや日本ではないんですね。日本の企業の看板などほとんど見かけません。



友松篤信:イスラム教徒の子供たちが憧れる国は、基本的にはかつての宗主国でしょうね。宗主国に留学したいという夢を持っている子供たちは多いと思います。インドネシアの宗主国はオランダですが、インドネシアの場合、オランダに対する憧れはあまりないかもしれません。旧宗主国のオランダよりも、アングロサクソン系の国、アメリカやイギリス、オーストラリアなどへの憧れの方が強いような気がします。イギリスへ行きたかったけれど、無理なので日本を選ぶということはあるでしょうね。


高木優一:イスラム教徒は豚肉は食べられないと言いますが、日本では牛も鶏もだめなのですか。



友松篤信:日本で屠畜したそれらの肉は食べられません。異教徒が屠畜した肉は不浄なものとされていますから。しかし、ムスリムが屠畜したものなら大丈夫です。ムスリムが屠畜したハラール肉を輸入して食べるということになります。


高木優一:それは知りませんでした。まだまだハラールに関してはわからないことが山積みですね。先生の普及活動にぜひ期待したいところです。本日はありがとうございました。