今回のゲストは参議院議員の島村大さん。歯科医でもあり、以前、日本歯科医師連盟の理事長を務められておりました。高齢者社会の到来によって生じるさまざまな社会福祉の課題を、議員と歯科医師の両方の立場から語っていただきました。


Photo:長谷部ナオキチ

国民皆健康保険制度の落とし穴

高木優一:最近、高齢者の健康とか医療の問題を扱っている専門家の方々のお話を聞く機会が多いせいか、個人的にもその分野の興味が強くなってきています。健康寿命と実際の寿命との乖離という課題を捉えてみますと、たとえば、60歳のお父さんが倒れて病院に入り、それから介護施設に移る。15年経ち、75歳になった今に至るまで一度として自宅に戻ることができなかったというような話が出てきます。確かに長生きができる環境は整ってきたのでしょうが、このような晩年の人生が果たして幸せなのかと考えてしまいます。政治家であると同時に歯科医でもいらっしゃる先生に、まずは医療の課題について率直なご意見を聞かせていただきたいと思います。


島村大:今言われた、健康寿命とリアルな寿命の乖離は確かに深刻な問題と捉えています。医療費を大量に投下しても健康寿命が延びるわけではありません。病気にならないための施策の方に視点を持って行かなければならない。歯科医療の現場にいる私が国会に行かせていただいた大きな理由は、医療や介護の現場と行政・国との間に大きな溝があると考えたからです。その乖離を埋めなければならないと強く感じていますし、現場も予防の大切さを実感しています。国も意識はし始めてきましたが、まだまだ双方の意識の違いは大きいと言わざるを得ません。日本の国民皆保険制度は世界に誇れるものであることは間違いありません。誰でもが同じレベルの医療サービスを受けられる。これは確かに素晴らしいシステムではありますが、一つ、重要な課題を抱えています。それは予防とか健診に適応できないという点です。あくまで、病気にならないと利用できない保険制度ですから、予防のための医療に関しては適応外で全額自費負担ということになってしまいます。すると、健康は大事だけどお金がかかるのだったら、やっぱり病気になってから病院へ行けばいいという考え方にどうしてもなってしまいます。



高木優一:健康意識が高く、予防にお金を継ぎ込むことができる人は少ないですよね。


島村大:そうなのです。私の専門の歯科医療においても予防はとても重要で、日頃から虫歯や歯周病などの手入れを怠っていなければ、心臓病や糖尿病などの全身的な疾患に罹るリスクも減少するのです。しかし、予防には保険が使えない。その制度の壁に非常にジレンマを感じます。


高木優一:予防に力を注ぐことが医療費削減に繋がっていくのですね。


島村大:その通りです。



オリンピック開催に向け喫煙の問題も浮上

高木優一:健康の話と共に大きな課題となっていることは何がありますか。


島村大:そうですね、ますます増えていく外国の観光客やオリンピックを見据えて民泊の問題はマスコミなどでも取りあげられましたが、同じように侃々諤々で議論が伯仲しているのが「受動喫煙防止法」の問題ですね。


高木優一:煙草の問題ですか。これもオリンピックの開催とは無縁ではないですね。


島村大:大型の公共施設やレストランなどを禁煙にするというのはわかります。問題は小さな飲食店や居酒屋さんやバーのような処をどうするのかということです。分煙できるスペースやそれに予算をかけられる店ならば良いのですが、それが叶わない処はどう対応していくのか。自民党でも意見が二分しているのが現状です。



高木優一:先生は、やはり医師の立場から禁煙推奨派ですか。


島村大:いえ。煙草を吸う方を非難することはしません。現に私も以前は吸っていましたし。

肺がんのリスクは盛んに言われていますが、煙草だけを悪者にする風潮には賛成しかねます。確かにリスクは吸わないよりは高いでしょう。しかし、大気汚染だってそのリスクに加担していると考えられますし、他にも文明国ならではのリスク因子はあると思いますよ。アフリカなどの、大気汚染が無縁な土地で煙草を吸うよりも日本で煙草を吸う方が肺がんへの影響は大きいと思います。


高木優一:歯科医療の点からはいかがでしょう。やはり、煙草は歯の健康によくない気がします。


島村大:煙草を吸うと末梢血管が収縮してしまい、血液循環が悪くなります。そうすると、歯周病などが治りにくくなりますね。自然治癒能力が落ちるのです。


高木優一:いまどき、飲食店などは全面禁煙にしてもそれほど集客に影響があるとも思えません。


島村大:そうだと思います。海外でも、店を禁煙にしても売り上げに影響を与えないというデータもあります。



高木優一:逆に、最近は、店に入って分煙していないとびっくりしますね。ランチタイムでも煙草オーケーの店は本当に珍しくなりました。


島村大:昔ながらの中高年のサラリーマンなどを相手にしている喫茶店などはいまだに煙草を吸える場になっていますが、そのような店は少なくなってきていますので、いずれはどの店も店内は禁煙ということになっていくのではないでしょうか。


高木優一:でも、あまり大きな声では言えませんが、煙草は税収の面では貢献しているのですよね。


島村大:そうなんですよ。そこが悩ましいところではありますね。



健康寿命促進が医療費削減の鍵

高木優一:医療・介護等の福祉の問題に戻りますが、国家予算のかなりの部分が医療をはじめとする社会福祉の費用になると思いますが、現実的にどのくらいの割合になるのですか。


島村大:29年度の予算、97.5兆円のうち、約40兆円が医療・介護などの社会福祉費用となります。半分弱を占める大変な額です。高齢者社会へと進んで行くのですから仕方がないことなのですが、やはりこのまま予算が膨れあがり、結果、若い人々の負担がどんどん増していくという道筋にしてはいけません。やはり、健康寿命を延ばす、健康な方を増やしていくという意識のもとに手を打っていかなければならないと考えます。



高木優一:先生のご専門の歯科の領域でも、食べられなくなると途端に元気がなくなって病気がちになり引きこもってしまう。整形外科の領域でも、足腰が痛く弱って歩けなくなると、活動が極端に減って家に籠もるしかなくなる。やはり健康寿命の大切さを実感しますね。


島村大:フレイルという言葉を聞かれたことがありますか。年齢に伴って活力が低下した状態のことをそのように言うのですが、たとえば、高齢者の方が体力の衰えから転びやすくなり、さらには骨折しやすくなっています。すると、そこから寝たきりになってしまう。フレイルをどう防ごうかというのが、次の大きな問題として浮かび上がってきています。骨折から寝たきりになってしまう方が本当に多くなってきているのです。



高木優一:認知症の問題も大きいと思います。私のテリトリーである不動産の現場でも、お婆ちゃんがとても長生きして老人ホーム代が払えない、自宅を売却しようにも認知症で意志能力がなくて決定権者になれないから、どうにかして成年後見人を見つけなければならないというような問題が起きています。成年後見のなり手を見つけるのも困難です。現在、700万人ぐらい認知症の方がいるといいますが、今後ますます大きな問題になっていきそうですね。


島村大:間違いなく認知症の問題は深刻化するでしょう。もちろん、国もいろいろな策を講じようと動いてはいますが、いかんせん苦しい財源の中でやらなければなりません。NPOの方々の力を借りたり、地域包括ケアの機能を充実させたりといった方策に頼るしかありません。もう一つ、国の問題として考えなければならないのが、日米の貿易摩擦です。アメリカは日本に対する貿易赤字を何とか解消したいと考えているわけです。それには日本がアメリカから物を買えばいいという理屈になるのですが、日本にはお金がない。そこでアベノミクスを推し進めて内需を拡大していこうということになります。規制緩和などはもちろんやっていくのですが、財政出動も考えなければならない。昔の悪いイメージの公共事業ではなく、疲弊している公共インフラの整備などを行っていく。しかし、人がいない。ならば報酬を上げるなどしてとにかく人員を確保し、内需を拡大していく。その循環がやがてはアメリカの貿易赤字を減じさせるという理屈ですね。


高木優一:なるほど。さまざまな課題が山積していますね。

先生の今後のご活躍に期待しています。本日はありがとうございました。