Photo:長谷部ナオキチ


多くの業種、ビジネスに、

多大な停滞を巻き起こしたコロナ禍2020。

しかし、予想だにしなかった意識の変化や行動の変化が生まれたことも事実です。

マイナス要因をプラスに転じさせ、

未来をより良く変えようとする意志もまた、

コロナを経て高まっているエネルギーの一つ。

そんな世界に影響を与えるような

エネルギッシュな経営者を

区民ニュース創業者高木優一が掘り下げます。


◆GUEST PROFILE◆

小澤亜季子

Akiko Ozawa


2008年3月  早稲田大学法学部卒業

(3年次に卒業後、法科大学院へ進学)

2011年3月 早稲田大学大学院法務研究科修了

2012年12月  最高裁判所司法研修所修了

2012年12月  東京弁護士会弁護士登録、

センチュリー法律事務所入所

弁護士、社労士、

育休プチMBA認定ファシリテーターとして

企業法務や労務問題、

雇用問題を中心に活躍。

辞めたいけれど辞められない…

退職代行、内定辞退代行、

会社役員辞任代行のパイオニア。

「退職代行  辞めるを許さない職場の真実」

(SB新書)

「退職のプロが教えます! 会社のきれいなやめ方」

(共著:自由国民社)

「社長の“悩み”を解決!家族経営の法律・税金Q&A」

(共著:きょうせい)

サイト:https://taisyoku-daikou.com/

ブログ:https://taisyokubengosi.hatenablog.com/

インスタ:https://www.instagram.com/akiko_ozawa_century/


人の動きと同調していた退職代行の相談件数

高木優一: 禍の5月初旬、麻布十番で飲食店を経営する知人から電話がありまして、アルバイトが4人同時に辞めてしまったと言うのです。しかも退職願いは本人ではなく、代行会社からの連絡だったそうで、知人は愕然としていました。同じ経営者の立場で言えば、なんで直接言ってくれないのか、と言う気持ちはわからなくもありませんが...。小澤先生は退職代行のパイオニア的な弁護士で著書(退職代行 「辞める」を許さない職場の真実:SB新書)も出されており、労務問題や雇用の問題に精通されています。コロナでそのあたりがどう変化し、今後どう動いていくのか。リアルな現実を、今日はお聞かせください。


小澤亜季子: 退職代行と言う観点から言えば、4月5月の相談件数はがくっと減りました。会社を辞めて転職できるのかが不透明になってしまったことが原因としては想像されます。いまは時期じゃないと。また、在宅勤務が増えたことも影響していると思われますね。出社がなくなったことで…平たく言えば…嫌な上司と顔を合わせなくてもよくなりました。退職は一時休戦というわけです。


高木優一 やはりそうですか。知人のお店の話を聞いたときは、コロナを機に仕事や人生をリセットする人が増えているのか? と思ったのですが、さすがにリスクが大きいですよね。有効求人倍率も急落しましたから。採用を控えた企業も多かったはずです。動く時期じゃなかったですよね。6月以降はどうでしょうか?


小澤亜季子: 6月の後半から7月にかけて、退職の相談件数は戻ってきました。この時期は街に人が出始めて、どんどん増えていたと思いますが、その動きとリンクしているように感じました。


高木優一: コロナで一旦中断はしたけれど、元に戻れば状況も同じわけですからね。むしろ、在宅を経験しちゃったことで、出社が余計耐えられなくなった、といったケースもあるでしょうか?


小澤亜季子: 在宅勤務中は、嫌な上司と会わなくてよかったのに、また顔を合わせなければなりません。そうなると、面と向かっては言えないから、このタイミングで辞めたい、という方はいました。他方、現象として興味深く思ったのは、以前は上司との関係が良好だったのに、在宅勤務で悪化してしまったケースです。部署の全員が参加しているチャットで業務連絡をしていたようなのですが、そこで上司からかなり厳しい叱責を書き込まれてしまったのだそうです。全員が見ていて、ログは消せずに残ります。それでメンタルを病んでしまったようです。


高木優一: 言葉のハラスメントですね。面と向かって口語で言われればなんともないことでも、文語でテキストになるとキツく感じる場合ってありますから。その上公開チャットだと、その方は全員の前で叱責されたように感じたでしょうね。


小澤亜季子: 口頭で「おまえ、ダメじゃないか〜」と言われたら何でもないことなのに、テキストで「あなた、ダメですね」と書かれたら、厳しく感じますよね。デリケートな人は、それで心を痛め、会社が嫌になってしまうんです。上司が必要だと思ってしたことでも、受け取る側はパワハラだと感じてしまう。やり方を考えないとトラブルが起きてしまいます。


高木優一: リアルなコミュニュケーションとチャットやテレワークでのコミュニケーションは、それぞれ違いますから、それをきちんと踏まえた上で、臨機応変に対応していかないといけないのですね。こうした問題は今後もっと露見してくるでしょうし、多くの人にとって他人事ではないかも知れません。なるほど。深いなぁ。


悩める人は真面目な人、責任感の強い人

高木優一: 冒頭にもお話ししましたが、私は経営者の立場からすれば、退職代行に頼らず、やはり直接言って来て欲しいと思ってしまいます。上司が嫌、会社が嫌で、命を絶ってしまう人もいますよね。死ぬくらいならなぜ辞められないのか、と。そこまで追い詰められてしまうからだとは思いますが…。


小澤亜季子: 確かにそうなんです。上司の言動が、パワハラなのか、指導の範囲なのかはさておき、その言葉を聞いて心が病んでしまったり、放っておくと自殺までいってしまう人がいます。であれば、会社をやめたらいかがですか、というのが私の考えの基本です。死ぬことはもちろんないですし、心と体の健康を害してまでやるべき仕事ではないですから。ただ、本当にメンタルを病んでしまうと、思考や判断ができない心理状態に陥ってしまいます。そうなる前にご相談に来ていただけると良いのですが…


高木優一: 私なんかと違って、実直な方、真面目な方が多いんでしょうね。だから自分をどんどん追い込んじゃう。退職代行の相談や依頼に来る方もそういうタイプの方が多いでしょうか?


小澤亜季子: まさにおっしゃる通りです。相談に来られる方皆さんに共通しているのは、根が真面目。そして責任感が強い。言い方に語弊がありますが、どうしようもなくなったら“バックレる”こともできないわけではありません。でも、そこをきちんとしたい、筋を通したい、というふうに考えていらっしゃる。誠実な方が多いと思います。


高木優一: まさか先生から“バックレる”なんて言葉を聞くとは思いませんでしたが(笑)やはりそうですよね。真面目じゃなかったら悩まないし、責任感がなかったら、逃げ出すかフェードアウトしちゃう人もいますもんね。でもホント、死んじゃうくらいなら逃げたほうがいいし、逃げる前に先生に電話一本入れて欲しいと思います。

これからの仕事のスタイル

高木優一: 最後に、コロナを通して見えてきた就職や転職、労務問題を総括していただき、今後の働き方や仕事との向き合い方などを先生の観点から論じてください。「ジョブ型雇用」という言葉もよく耳にするようになりました。先生がリアルにお感じになっていることをお聞かせください。


小澤亜季子: テレワークが進んだことで、メンバーシップ型からジョブ型へ、いわゆる専門性を持った即戦力を求める流れが出てきていると思います。一方、従業員側も2ヶ月のステイホームで“振りかえりの時間”がありました。「私の仕事ってなんだろう?」と考えた人もいれば、フリーランスの窮状を目の当たりにして、企業に所属していることのありがたみを感じた人もいるはずです。各々それぞれの気づきがあったのではないでしょうか。


高木優一: 確かにそれはありますね。以前はサラリーマンのリスクや独立・起業のススメみたいな本がもてはやされていましたが、コロナ禍でフリーランスは相当苦労しています。会社員でよかった、と思ってる人は多いでしょうね。


小澤亜季子: メリット、デメリットがそれぞれにあって、コロナで浮き彫りになりましたね。各々がそれを見据えた上で、未来を選択するようになるのだと思います。みんなが一斉に振り返る時間があったからこそ、これまで慣習化していたことに疑問を持ったり、自分のために何をなすべきかを考えるようになりました。全員ではないけれど、一定数はいたと思います。その意味では、会社はこれまでのように従業員に甘えてはいけないし、従業員はいつまでも会社にぶら下がっていては、時代に取り残されていくことになると思います。


高木優一: 会社は、例えば長時間労働やパワハラ、セクハラなどの労務問題を今まで以上におざなりにできなくなっていく。一方従業員は、専門性を高めたり、スキルを磨く努力しないと、会社で居づらくなる。もっと言えば居場所を失っていく。まさにジョブ型の職場になっていくわけですね。


小澤亜季子: 本当にそうなるかは分かりませんが、大きな流れはありますよね。従業員は駒ではないし、社長でもありません。求めすぎてはいけないし、マネジメントをしてやらないといけません。仕事、つまり労働や生き方について向き合った人が相当数いたと考えれば、労務問題は今まで以上に問題視されやすくなるでしょう。従業員は従業員で権利を主張する分、成果は当然求められます。スキルや専門性を高めていかないとポジションがなくなってしまうでしょうね...と言いながら、自分に跳ね返ってきちゃうので焦ります(笑)。逆に言えば、スキルや専門性を高めれば、会社とイーブンな関係ができるので、自分のポジションを自分で作ることができるはずだとは思いますので、そこは頑張りどころでしょう。


高木優一: いやいや、先生は専門性ズバ抜けいてますから、跳ね返ってもまた跳ね返すでしょう(笑)。要はどちらも甘えずに努力しなさい、ってことでしょうか? 従業員は与えられた仕事をこなすだけではなく、個々の専門性を上げ、ある意味戦略を立てて仕事に取り組む必要がある。とは言え目の前の仕事でいっぱいいっぱいになると、真面目で責任感の強い人は追い詰められてしまいがちなので、そこは会社側が従業員に甘えず、マネジメントをしっかりやって、思考のゆとりや広い視点が持てるよう教育や研修をしていく必要がある、と。


小澤亜季子: その通りです!労働契約はあくまでも”契約”ですから、左右に“労働”と“賃金”が乗っている天秤のようなものです。双方が仕事を通じて、その天秤をバランスよく保てるような関係性を目指していけたらいいのではないかと思っています。理想論ではありますが、そうした観点を忘れずに、雇用側、労働者側双方の支援をしていきたいと思います。


高木優一: なるほど、よくわかりました。コロナを通じて得た気づきが、今後の日本の雇用と労働の問題を良い方向へ変えていく可能性は十分にありそうですね。ニュースだけではなかなか見えてこないコロナ禍の退職・転職事情なども非常に興味深いものがありました。本日はお忙しい中、誠にありがとうございました。