【京北担当:佐伯】
これも、沢尻にある山の頂上付近で撮影したものです。

非常に分かりにくいですが、ここだけ土が盛り上がっており、周囲が石で囲われています。

これは「経塚(きょうづか)」の跡かもしれません。

かつて平安時代、飢饉や疫病が相次いだ時、人々はこう考えました。

「お釈迦様が無くなってから年月が過ぎれば、だんだんと正しい教えが伝わらなくなっていく。そうすると、
いざ弥勒菩薩が人々を助けに来たとしても、誰も仏の教えを覚えていない状態になるから救われない。
そこで、弥勒様が来るその時まで、皆が仏の教えを忘れないように経典を保存しておこう」

そうして、人々は経典や手鏡、小刀や装飾品を金属の筒に入れ、山頂などに埋めておいたのです。

これが経塚です。

現代の間隔だとタイムカプセルですが、本当は人間が見るためではなく、仏様への引き継ぎ資料のようなものでした。

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3 いいね! ('26/02/17 22:01 時点)