善人承継 リレーインタビュー
小さな体で、人生を切り開いてきた人。谷川絵梨香さんという“肝っ玉母ちゃん”の正体
株式会社NOPAINNOGAIN 代表取締役 谷川 絵梨香 (たにかわ えりか) さん インタビュー

15歳で決めた、「ここから出る」という選択

歌手のAIに声まで似ている谷川絵梨香さんに会う前、周囲の人から聞いていた印象はこうだった。


「強い人」「肝っ玉母ちゃん」「ひとりで何でもやってきた人」


だが、実際に会ってみると、まず驚く。

小柄なのだ。

本人もハスキーな声で笑いながら言う。


「初めて会う人には、だいたい『え、ちっちゃいんだ』って言われます」


身長は150センチほど。けれど、その小さな体の中に詰まっている人生は、かなり大きい。

名前の「絵梨香」は、絵描きの「絵」、梨、香りの「香」。

由来を尋ねると、父親が昔通っていた淡路島のスナックの名前が「エリカ」だったという、なんとも味わい深い話が返ってきた。


「そのママに一度だけ会ったことがあるんですけど、すごく綺麗なママというより、たくましいママでした」


名前の由来からして、すでに谷川さんらしい。

幼少期は、今の明るい印象からは少し意外な時間だった。母親が精神的に不安定で、学校に行っている間に母がいなくなるのではないか。そんな不安を抱えながら育った。


「母親から早く離れたい、という気持ちはありました」


中学生の頃は、夜な夜な友人たちと遊び、学校に行けない日もあった。けれど、ただ流されていたわけではない。

15歳の谷川さんは、もう自分の先を考えていた。

このままではいけない。母親からも離れたい。

悪友たちとも距離を置かないと、自分の人生がそのまま沈んでいく気がする。

中学3年生で、そこまで考えた。

そして谷川さんは家を出た。



名  前  :谷川 絵梨香(タニカワ  エリカ)

役  職  :株式会社NOPAINNOGAIN 代表取締役

事業内容

美容室キャメルクラッチ(鹿児島県霧島市)

会社名の由来:「  No pain, No gain(痛みなくして得るものなし)」。谷川さんが人生で大切にしてきた言葉であり、法人名にもその想いが込められている。

名前も覚えていない美容師が、人生を変えた

父親のいる淡路島へ行ったものの、そこは谷川さんにとって少し退屈すぎた。


「淡路島って遊ぶところがなくて。ここで高校3年間は無理だなって思ったんです」


そんな時、たまたま行った美容室で出会った女性美容師がいた。

その人は中卒で美容室に入り、働きながら通信で美容学校に通い、美容師になった人だった。

谷川さんはその話を聞いて、道が見えた。


「家を出る手段として、美容師でええやん、って思ったんです」


美容師になりたいという強烈な憧れがあったわけではない。けれど、自分の足で生きるための方法として、美容師という仕事が目の前に現れた。

その美容師の名前も、顔も、今は覚えていない。

それでも、谷川さんは言う。


あの人の話を聞いていなかったら、たぶん今の私はなかったと思います」


人生を変える人は、必ずしも長くそばにいる人とは限らない。

たった一度の会話。

たった一つの選択肢。

それが、15歳の少女の背中を押した。

被災、挫折、出産、そして「子どもを守る」という覚悟

神戸に出た谷川さんは、阪神・淡路大震災も経験している。

就職先はなくなり、住んでいた寮も大きな被害を受けた。幸い怪我はなかったが、もしその場にいたらどうなっていたかわからない。

それでも谷川さんは、立ち止まらなかった。

16歳で美容室に入り、働き始めた。国家資格を取ったのは21歳の頃だったが、美容の現場には10代の頃から身を置いていた。

ただ、美容師の道も一本道ではなかった。


最初の美容室は1年ほどで辞めた。出勤できなくなるほど、心が追いつかなかった時期もある。

その後はフリーターをしたり、カフェ、不動産事務、和食店、営業職など、美容から離れたこともあった。

それでも最終的に戻ってきたのは、美容だった。

理由は、きれいごとではない。

生活のため。

子どもたちを守るため。


「男はあてにできない。女でも食っていけないと、子どもたちを支えていかないと、と思ったんです」


この一言に、谷川さんの人生が詰まっている。

子どもは4人。ほぼシングルの状態で育ててきた時期も長い。周りからは「強い」と言われる。けれど、その強さは、最初から持っていたものではない。

守るものができたから、強くならざるを得なかった。

そして、その覚悟が今の谷川さんを作っている。


子連れで来られる美容室。お母さんが息を抜ける場所

現在、谷川さんは株式会社NOPAINNOGAINの代表取締役として、霧島市で「美容室キャメルクラッチ」を運営している。

面白いことに、これはプロレス技の名前だ。

ところが本人はプロレスファンではない。


「響きが好きだったんです」


理由はそれだけだという。なんとも谷川さんらしい。

理屈よりもまず感覚。


「これだ」と思ったら飛び込む。


15歳で美容師を選んだ時もそうだった。

誰かに敷かれたレールではなく、自分で選んだ道を歩いてきた。

だからこそ今、一つの店と一つの会社を率いる経営者になっている。

そして、その会社名もまた谷川さんらしい。


NOPAINNOGAIN。


痛みなくして得るものなし。

若い頃は意味もわからず前に進んでいたかもしれない。

だが振り返れば、その言葉はまるで谷川さん自身の人生を表しているようだった。


店は基本的に一対一。周りのお客さんを気にせず、ゆっくり過ごせる空間だ。

オープン当初から大切にしてきたのは、「子連れで来られる美容室」であること。

まだSNSが今ほど普及していなかった頃、mixiを使って発信したところ、子ども連れのお母さんたちが次々に来てくれた。

谷川さん自身も、出産の直前まで働き、産後10日ほどで復帰した経験がある。娘さんもまた、出産後早い時期に仕事へ戻った。店で子どもや孫を見ながら働いてきた。

だからこそ、子育て中のお母さんが美容室に来られない苦しさがわかる。


「子育て中って、美容室にも来れなくて、モヤモヤばっかり溜まるじゃないですか。預けて一人で来てもいいし、心配なら連れてきてもいい。そういう人たちに来てほしいです」


カットがうまいかどうか、技術をどう評価するかはお客さんが決めることだと谷川さんは言う。

ただ、ここに来た人が元気になって帰る。

それは、谷川さんの店が持つ確かな力だ。


「お客さんが悩んで来ても、帰る時には『大したことなかったわ』って笑って帰ってくれるんです」


美容室で髪を整える。

でも、それだけではない。

少し愚痴をこぼして、少し笑って、少し自分を取り戻して帰る。

谷川さんの店は、そんな場所なのだと思う。


いつか、シングルマザーが自立できる場所を

国分の街について尋ねると、谷川さんは「もっと街がぎゅっとしてほしい」と話してくれた。

昔は、子どもたちが歩いて遊べる場所があった。

ファーストフード、雑貨屋、洋服屋。自転車や徒歩でも、子どもたちが一日過ごせる街のまとまりがあった。

けれど今は、大きなスーパーや住宅は増えても、子どもたちが歩いて楽しめる場所が少ないという。


「交通手段がない子どもたちでも、買い物して、ご飯食べて、歩いて楽しめるような街になってほしい」


そして、谷川さん自身がいつかやってみたいこともある。

それは、シングルマザーの自立を支えることだ。


離婚したら親元に戻るのが当たり前みたいになってる。でも、それって違う気がするんです


もちろん、困った時に親を頼ることが悪いわけではない。だが、最初から頼る前提ではなく、自分の力で子どもを育てていける人を増やしたい。

美容師という仕事は、手に職だ。

かつて谷川さんがそうだったように、自分で食べていくための武器になる。


「シングルの人でも、美容の免許を取らせてあげたい。働かせてあげたい。そんな力はまだないんですけど、頭の中にはあります」


本人は「まだまだ」と言う。

でも、こういう人の「まだまだ」は、たいてい危ない。

そのうち本当にやる。

しかも、気づいたら周りを巻き込んでいるタイプである。


5年後は、少し甘えて、習字を教えていたい

5年後の自分に声をかけるなら。

谷川さんは少し考えて、こう言った。


「もっと甘えて生きていいんじゃないかなって」


これまで谷川さんは、とにかく自分でやってきた。仕事、子育て、生活。誰かに頼るより、自分が動く方が早かった。

でも今は、夫に少し甘えることも覚えたいと思っている。


「結婚しても、俺の存在がないって言われたことがあるんです。あ、頼れてないんだなって」


強い人ほど、甘えるのが下手だ。

谷川さんもきっとそうなのだろう。


そしてもう一つ、夢がある。

習字だ。

子どもの頃に習わされていた習字を、今度は自分の意思でやってみたい。

美容室の仕事を少し減らし、将来的には子どもたちに教えられたらいいと話す。


「習字をしている時って、無になれるんです。自営業をしていると不安になることもあるけど、集中できる。

めちゃくちゃいいもの見つけたと思って」


美容師として人を整え、会話で人を元気にし、いつか文字で子どもたちに何かを伝える。

谷川絵梨香さんという人は、やっぱり止まらない。


谷川絵梨香さんにとっての善人

谷川さんにとっての善人とは、どんな人か。

返ってきた答えは、とても谷川さんらしかった。


「優しい人。でも、自分に甘い優しさじゃなくて、厳しいことも言ってくれる人」


耳障りのいい言葉だけを並べる人ではない。

ダメなものはダメと言う。

辛い時こそ、本音をぶつけてくれる。

でも、認めるところはちゃんと認めてくれる。


「そういう人の言葉は、素直に聞いた方がいいと思うんです」


谷川さん自身も、きっとそういう人なのだと思う。

優しい。でも甘くはない。

明るい。でも軽くはない。

強い。でも、本当はずっと不安も知っている。

だから、人の痛みに気づける。だから、人を笑わせて帰せる。


小さな体で、何度も人生を切り開いてきた谷川絵梨香さん。

この人に会うと、きっと思う。

ああ、人生って、まだまだどうにかできるんだな、と。


インタビュー後記

谷川さんは、いわゆる「強い女性」だ。

ただし、ここで勘違いしてはいけない。

強い女性とは、誰にも頼らず、弱音も吐かず、ずっと仁王立ちしている人のことではない。

怖かった時期もある。

逃げたかった場所もある。

間違えた選択もあった。

もっと勉強しておけばよかったという思いもある。

それでも、子どもを守ると決めた時、人はこんなにも腹が据わるのかと思った。

しかも谷川さん、話がうまい。

こちらが質問を用意していても、だいたい先に答えてくれる。

インタビュアー泣かせである。

ただ、その語り口の奥には、笑い飛ばしてきた苦労がある。

軽く話すから軽く聞こえるだけで、よく考えたら全然軽くない。


「仕事しないとストレスがたまる」と言う美容師。

「愚痴ると弱くなる」と言い切る母。

「5年後は旦那さんに甘えたい」と照れながら話す女性。


どれも全部、谷川絵梨香さんだ。


霧島市国分。

この街には、髪を切るだけじゃなく、少し心まで整えて帰れる店がある。

そしてそこには、小さな体で大きな人生を豪快に笑い飛ばしてきた、なかなか手強い善人がいた。

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株式会社NOPAINNOGAIN

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美容室キャメルクラッチ

〒899-4332

鹿児島県霧島市国分中央3丁目18-8

キルビル2F

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*お問い合わせの際、『区民ニュース』の記事を読みました。とお伝え下さい。

ご紹介者さま: 野村 和人 さん