一般質問、無事に終了。
今回も多くの方に助けていただきました。

今回は、原稿をまとめて行く途中、書きながらボロボロ涙が出ることが多かったです。
質問後、やり切ったという思いで、議員控室でしばらくぼんやりしていましたが、、、
協力いただいた方々へのご報告として、ザックリですが、こちらにアップさせていただきます。


1、福島からの避難者の現在について
東日本大震災から14年。
2月に清瀬市と共催で開催されたフォトボイス展では、福島からの報告や、福島から東京に避難されている方の報告があり、
震災を振り返る時間となった。

ーフォトボイスチラシよりー
・避難所で頑張る受験生 子どもたちは授業を受けられるようになるまで大変な時間がかかった、机で勉強させてあげたい
・子どもは成長する。住宅を奪わないで。ー自主避難者の住宅無償期間が終了する。
という写真とメッセージを紹介しつつ。

◎フォトボイス展の意義と共催の経緯について
阪神淡路大震災の後、“災害時の女性への暴力”が報告され、“避難所における女性の視点”の重要性が指摘されるようになったことを踏まえ、
東日本大震災後に、未曾有の大災害の影響を記録することで、これからの防災や復興のあり方に活かそう、ということでフォトボイスプロジェクトが立ち上がった。それが清瀬市のSDGSの取り組みと合致しったことから、共催となった。

◎当時、福島から清瀬市に避難して来られた方々の状況
→26世帯56名

◎福島出身者への検査や医療的な支援について伺う。
→避難指示区域の方には医療費や保険料の免除。
震災当時18歳以下の子どもには甲状腺検査etc

ーー
福島出身の若者に、通常の数十倍の規模で甲状腺がんの発症が見られている。
知り合いの学生さん(福島県二本松市出身)が、昨年、大学4年になった春に、甲状腺の病気(バセドウ病)を発症した。
甲状腺がんであれば医療費が戻ってくるが、それ以外だと検査や治療の費用は自分で負担することになる。

再検査の5000円は、学生さんには負担が大きい。
治療しながら就職活動と卒論をこなし、体調と折り合いをつけながらバイトで治療費などを稼いでいる。
ご家族も度々上京されている。

知り合いのジャーナリストで、この問題の取材と支援を続けている白石草(はじめ)さんに相談し、立憲の議員たちでお話を聴く機会も設けた。

震災当時の子どもたちは、14歳から20代〜30代に差し掛かっている。
進学や就職など、人生の選択をする重要なタイミングにがんを告知されている。ー通販生活の記事を紹介ー

https://www.ourplanet-tv.org/topics/44984/

チョルノービリ(チェルノブイリ)では、事故後に生まれた子どもとの比較から、原発事故との因果関係が医学的に証明されているが、
日本では認められていない。
さらに、福島の復興が進む中で、その被害は「復興に水をさすもの」として、報道されないし声を上げることも難しい。

・甲状腺検査を受けられる病院は、多摩地区では4ヶ所、公立昭和病院でも受けられる。
避難者への周知はできているのか。
進学や就職で東京に出てくる人も少なくない。清瀬市内にお住まいの方への周知 ー例えば市役所にポスターを貼るなど、できるのではないか。

・避難指示区域の4市町ー浪江町・双葉町・飯館村・南相馬市の一部ーは、医療費や保険料が免除とのことだが、非常に限定されている。
実際、白石さんの取材に応じた6人の若者のうち、中通りや会津など、原発から離れた地域の方も少なくない。

・甲状腺がんは医療費が戻ってくるが、それ以外のバセドウ病etc.は支援の対象外となっている。
ウクライナやベラルーシではバセドウ病も支援の対象となっていると聞く。

そのように支援から漏れる方々が少なくない。
東京、この地域で安心して検査や治療を受けてもらえるように、清瀬市として支援の対象となる患者ゃへの医療的な支援を独自に考えられないか。
難しければ、国に要望を。

また、若者たちの被害は、安定ヨウ素剤を適切に服用していれば、防げたかもしれない。
国の指示でヨウ素剤を配備することになっている地域は非常に限定されている。
実際は、それ以外の地域の若者たちが病気になっている。
この地域は、浜岡原発の風下地域にあたる。備蓄の検討を。

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7 いいね! ('25/03/08 10:01 時点)