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「お坊さんからの手紙」130通目(令和7年7月)

仏さまは、私たちが互いに喜び合い、心安らかに生きていくために必要な実践を四つにまとめ、お説きになりました。
これを「四摂法(ししょうぼう)」と言います。

一つ目は、「布施」。
布施と聞くと、お寺に納める金銭が一番に思い浮かぶかもしれません。
もちろんそれも尊い布施です。
ただ、これだけが布施ではありません。

布施とは、「自分ができることを、できる時に、できるかぎり」与えていく行いです。
お金や物だけでなく言葉や振る舞い、教えや安心を与えることも布施になります。

実は、皆さんが普段から自然と行っている振る舞いの中にも、多くの布施があります。

例えば、誰かが困っていたら「自分に何かできることはないだろうか?」と力になろうとすることや悩みや苦しみを抱えている人の話を聴くことも布施です。
誰もが知らず知らずの内に実践している施しを、自ら積極的に取り組んでいくことが布施の修行になります。

二つ目は、「愛語」。
相手に優しく、温かい言葉で話しかけることです。
普段の会話の中で、ちょっと意識してみるだけで、周りの空気はぐっと和らぎます。

三つ目は、「利行」。
人の役に立つ行いをすることです。
相手の真の幸福を願い、その心に根ざした関わり方を心がけていきます。

四つ目は、「同事」。
相手と同じ立場になって考え、共に喜び、共に悲しむことです。
全く同じように感じることは難しいですが、相手の苦楽を分かち合おうとする寄り添いの働きかけは、「私は、ひとりじゃない」という安心感を生み出していきます。

【あなたに出逢えてよかった】

この四摂法を医療者と共に実践し続けている僧侶がいます。
浄土真宗本願寺派の長倉伯博(ながくらのりひろ)師です。
長倉師は長年、鹿児島県で医療チームの一員として終末期の患者や家族のケアに取り組み、一人一人の「悲嘆(ひたん)」に寄り添ってこられました。

昨年、長倉師のお話を拝聴する機会がありました。
「ベッドサイドに仏教を」との願いを掲げ、惜しみなく活動されてきた長倉師の経験談は、病や死の苦しみを抱える人たちへの関わり方を深く考えさせられる内容でした。
特に、相手の話に耳を傾ける際の徹底した姿勢には、強い感銘を受けました。

「辛いこと、切ないことは、誰にでも話すわけではない。相手は私を選んで話してくれている。話してくれてありがとう。傾聴はいつも感謝から始まります。」

長倉師は、この長年の取り組みを自身の僧侶としてのお役目であるとおっしゃっていました。
宗派は違いますが、相手を敬い、苦しみを共にしていこうとするその生き方は、まさしく法華経が求める歩みであると感じました。

法華経の中に『哀愍衆生 願生此間(あいみんしゅじょう がんしょうしけん)』(法師品第十)の一節があります。
ここには、私たちは苦しむ人々を救いたいとの願いを抱き、自ら望んで苦しみの多いこの世に生まれてきたと説かれています。
前述の布施・愛語・利行・同事の四摂法の実践は、この願いの実現に向けた歩みです。

まずは、日々の暮らしの中で相手に喜んでもらえるような言葉や振る舞いを心がけていくことから始めてみませんか。
そうすることで、「あなたに出逢えてよかった」と思う人が自然と周りに現れてくるはずです。
この関わりの中で生まれる温かな繋がりが、様々な苦を和らげ、味わい深い豊かな人生にしてくれると私は信じています。

晃司 拝

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