菱田司法事務所は東京大森に居を構える老舗中の老舗の司法書士事務所です。地域の人々の法律に関する相談事に親身になって対応し、祖父の時代からずっとお世話になっているというお客様も珍しくありません。

今回のインタビューでは、菱田司法事務所の三代目菱田徳太郎さんと四代目の若きエース、菱田陽介さんに、長い間地元の人々の「法律相談家」として信頼され続けてきたその秘訣や、これからの司法書士が目指すべき姿などをお聞きしました。

Photo:長谷部ナオキチ

地域の住民の生活と密接に関わり合う

高木優一:菱田徳太郎さんと陽介さんは親子の関係ですが、菱田司法書士事務所の三代目、四代目でもあるわけです。農家や老舗の商店の三代目や四代目は珍しくありませんが、司法書士事務所で、このように事業が何代にもわたり継承されていくというケースは非常に稀のように思います。菱田事務所は他の司法事務所と比較してどこに特徴があるのか。まずはその辺りからお聞きしたいと思います。

菱田徳太郎:他の事務所と比べ、それほど特別なことを行っているわけではありません。私どもは、代々大森という都心から少し離れた地で地域と密接に関わり合い、住民の皆さん個人の生活と密接に関わり合うというスタンスをずっと貫いてきました。20年前、30年前にお世話になったという人が、また何かの必要が生じてうちの事務所の名前が入った書類を見てまた相談に来る。そのように、お客さんも代々当事務所を利用してくださる。そのような、長い年月にわたる継続的な信頼関係が私どもとお客様の間にできている。それが一番の特徴だと考えます。

高木優一:おじいさんの時代に菱田事務所にお世話になって、今度はそのおじいさんの孫にあたる人が「私も年をとったので、遺言を書こうと思いました」と、昔の封筒とか権利証を見て、以前の三桁の市外局番の頭に3を付けて電話をかけてくる。そんな関係なのですね。事務所が開設されたのはいつでしたか?

菱田徳太郎:昭和8年です。私の祖父が初代で、当初はまだ司法書士という名称ではなく、司法代書人と言っていました。

高木優一:時代を感じさせますね。繰り返しますが、親子四代の司法書士事務所は非常に珍しいと思います。陽介さんにお聞きしますが、四代目を継ごうと決心した経緯は?

菱田陽介:私が通う小学校の目の前が事務所で、学校の帰りに事務所に寄り、そこで働く祖父と父の姿をずっと見ていまして、結構楽しそうな印象がありました。

その頃から漠然と、ああ将来は自分もここで働くようになるのだろうな、と思っていました。

古くからの土地だからこそ起こりうる課題に対応する

高木優一:初代、二代目の仕事を見てこられて、司法書士の仕事の内容は時代と共に変化してきましたか?

菱田徳太郎:昔は、裁判所や法務局などの役所に提出する書類を作成するという、代書のような仕事が主体でしたが、時代が変わるにつれ、地域の人たちの生活に直接関わってくる相続の問題や、遺言、借地・借家に関する案件が次第に増えてきました。そういう意味で、今の司法書士の方が昔と比べればはるかにやりがいのある職業となりましたし、社会から受けるイメージや評価も上がってきたと思います。

高木優一:地域に密着しているとおっしゃいましたが、この大森の地は新興住宅地ではありませんから、古くから住み続けている住民の方々が大勢いらっしゃいます。地域の人たちと深く長くお付き合いができるのは、そのような地の理もあるのでしょうね。

菱田徳太郎:それはありますね。お寺や神社も多く古くから栄えた土地ではありますが、一方で新しくここに居を構える若い層も少なくありません。新旧の住民がちょうどよくブレンドされていて暮らしやすい街だと思います。

高木優一:この大森を含む大田区はいまだに「借地」の文化が色濃く残っています。お寺や神社が多いという話が出ましたが、それらが所有している土地や、個人が所有している土地を人に貸しているケースは多いですね。ところが、地代はほとんどタダ同然となっていますし、固定資産税を払えばほとんど残らないというのが現実です。また、自分の土地を返してもらうには貸し手にお金を払わなくてはならない。非常に貸す側が不利になるような法律になっているのですが、そのような「借地」の問題などを相談する司法書士の先生は、やはり昔からこの土地のこと、地域住民のことを詳しく知っている人でないと難しいでしょうね。

菱田陽介:地域住民のことを熟知しているという点は、確かに強みになります。あのエリアはどのような人が住んでいて〇〇という苗字が多いとか、あそこのおじいちゃんはどこに土地を持っているかとか。ずっとこの地で事務所を構えているとそのような情報の蓄積は自然とできてきます。私は今、29歳ですが、私よりずっと年上の、父と同じぐらいの世代の方が、1回目の相談から真剣に私に話をしてくれるというのは、やはり父や祖父、曾祖父が築きあげてきた看板があるからこそで、その点は非常に有難く思っています。

次世代司法書士のあるべき姿

高木優一:これからの司法書士のあり方についてお話をうかがいたいと思います。

菱田徳太郎:お客様の立場に立てば、身の回りにはいろいろな相談事があるはずです。土地や建物の問題、相続や遺言の問題、さらには税金や法律のややこしい問題。実にさまざまな出来事が起こってきます。そのどれに対しても、我々は真摯に対応していかなければなりません。

そのためには、やはり他の専門家の方たちと密に連携を組む、ネットワークを広げていくという姿勢は重要だと考えます。

菱田陽介:ともかく、家庭の問題で困り事がでてきたら司法書士に相談してみる、その受け皿になるという姿勢が大切です。

菱田徳太郎:どのような解決方法がベストなのかを考え、あまり出しゃばらずにチームを組んでいろいろな専門家が輪になって問題を解決するという方向性です。

高木優一:1人が突出して目立とうと思っても、良い解決法は得られないということですね。その他に何か心がけておきたい点はありますか?

菱田徳太郎:人の話をとにかく良く聴くということも大切です。相手の状況を正確に把握するためには、「聴く」訓練をすることは絶対に必要だと思います。時には30分、1時間、とにかく相手に話をさせ、それをひたすら黙って聴く。そのような場面は珍しくありません。

菱田陽介:お年寄りからのご相談が最近は多くなってきておりますので、どうしても話が長くなる傾向にあります。2時間、ひたすら聴き続けるということもあります。

高木優一:やはり、菱田先生に相談すれば、とにかく親身になってくれるという期待があるからではないのでしょうか。

菱田陽介:父が親身になって話を聴いているのを見ていると、単なるテクニックではないなと感じます。その点は凄く勉強になります。

これから、父や先代の築いてきた事業を継承していくのは大変ですが、これまで培ってきた解決方法を採り入れながらそれをさらに突き詰めていくか、あるいはまったく新しい方法を模索していくのかはまだ決められません。

しかし、これまでお世話になった大田区、品川区の住民の皆さんには可能な限りの司法サービスを提供していきたいと思います。そして、自分が開拓したお客様が私の次の世代にまで受け継がれていくようにしていきたいと考えています。

高木優一:なるほど、事業の相続はさらに次世代まで続いていくのですね。今回は私と最も仕事の付き合いが深い、菱田司法書士事務所の三代目の徳太郎さんと四代目の陽介さんにお話を伺いました。ありがとうございました。

今回のゲストの菱田陽介氏にはかわさきFM『不動産・相談お悩み相談室』にもご出演いただきました。その収録模様はこちらからご覧になれます。