曹渓寺は、東京港区の閑静な住宅地にある臨済宗妙心寺派の禅宗寺院。今回はお寺の15世住職を務められる坂本承英さんに、厳かで静謐な空気の漂う本堂にて、寺院と檀家の関わりや、お寺の相続とも言える世襲に関するお話をうかがいました。

Photo:長谷部ナオキチ

自分が何故ここにいるのかを想う。

高木優一:実は私は寺の出なのですが、現在、仕事で相続の問題を取扱っているのにもかかわらず、自分自身は寺を継ぐことができませんでした。こちらの寺院は今もご立派な跡継ぎがいらっしゃるし、永年にわたり脈々と継承が成されているとの印象を持ちました。

坂本承英:本来、私どもの宗派は妻を娶(めと)るという慣習はありませんでした。私はこの寺の15世となりますが、13世までは元来の戒律に基づいて妻帯を行わず、弟子を育てて弟子の中から跡継ぎを選択していくという方法を採っていたのです。しかし、時代の変遷とともに、寺の住職も古いしきたりを大切に守りつつ、新しい時代に対応していくことが求められ、古い戒律にとらわれない世襲の考え方が生まれてきました。といっても、かならずしも世襲がうまくいくとは限りません。現在、私どもでは息子が大学を出た後、修行道場に行き、何とか跡を継いでいけるような環境が整いましたが、子供が跡を継がず、弟子に継がせるという寺院も多くあると思います。私自身も外から弟子入りをしたのちに、跡を継がせていただいたのです。

高木優一:住職は今、時代の変遷とおっしゃいましたが、時代と共にお墓に対する意識の低さや、先祖を敬うという心が減じてきているという声も聞かれます。こちらでもそのような傾向は感じられますか。

坂本承英:いえ。私どもの檀家の方たちを見る限りでは、そのような先祖を軽んじる傾向があるとは感じられません。たまたま私どもの檀家さんがそうなのかもしれませんが、皆さん、子供さんやお孫さんをお連れになって参られ、次の世代へ受け継いでいく流れは上手くいっているように感じます。私は、住職になって33年経ちますが、幸いなことに檀家さんとのいざこざは無かったように思います。

高木優一:相続の無料相談会などで、墓守に関するトラブルが大変多いのに気づかされます。私も先祖を敬う、墓を守っていく、墓の前で手を合わせて先祖に想いを馳せる、という当たり前のことが上手く継承されていないと感じることはあります。

坂本承英:生かされている自分がここにいる、そういうことを想ってみることが大切なのだろうと考えます。両親がいるから、祖父祖母がいるから自分が今ここに在る。そう思うことができれば、おのずと「参る」ことを自分から行う、墓前で手を合わせるという行為が自然と出るのではないでしょうか。

僧侶が上から物を言うことは慎むべき。

高木優一:ここ数年、私も相続にまつわる悲惨な現実を目の当たりにする機会が増えてきています。世の中、荒廃しているなと感じることもあります。こちらの住職になられて33年経たれた現在において、家族のありようが変化してきたなと思われることはありますか。

坂本承英:さきほど申し上げたように、私どもの檀家さんなどを通して世間を眺めれば、今おっしゃられているような家族の荒廃や信心に対する薄まりなどを感じることはありません。そのような問題がマスコミなどを通じて世間の目に晒されやすくなったということなのではないでしょうか。昔から相続や墓守をめぐるトラブルや事件は多くあったのでしょうが、以前はそれが顕在化されなかったのだと思います。

高木優一:なるほど、そうかもしれません。仮に家族間における相続などで揉め事が起きた場合、住職はどのようなアドバイスをされますか。

坂本承英:私が「こうだから、このようにしなさい」とは言えません。家族の問題にそこまで深入りすることは私どもの立場ではできませんが、仮に墓守で揉めるようなケースがあれば、相談者に対して「あなたがお墓をきちんと見ていくことができるのならそうすれば良いし、見ることができないのならお遺骨を管理できる処に移した方が良い」というようなアドバイスは行うこともあります。

高木優一:たとえば檀家さんから、今まで父親がお寺さんとのいろいろな取り決めや行事を仕切っていたのですが、その父親が亡くなり、これからどのようにお寺さんとお付き合いをしていったら良いのかがわからないからアドバイスを欲しいというような依頼はありますか。

坂本承英:親が亡くなり残された長男、長女の方から、急に親が亡くなって今までお寺とどのような関わりをしていたかわからない、どうしたら良いでしょうという相談を受けることはあります。その際も、これまで親御さんがされてきたご様子をありのままにお話をし、そのようにされたら良いのではないでしょうか、という助言をさせていただいております。無理強いするような事はしない方がいいと思います。

三歳の時の「内定」。

高木優一:息子さんである副住職へ、今後どのようにお寺を継いでもらいたいのか、住職の意向はございますか。

坂本承英:彼は一生懸命にやっていると思います。私の方からこうしてもらいたいといった事柄はそれほどありません。いろいろ教えると言っても一度に覚えられるわけではありませんので、経験を積んで少しずつ覚えていけば良いのだろうと考えています。

高木優一:そうなのですね

坂本承英:檀家さんは、それぞれに家庭のご事情が異なります。私どもではお墓詣りをされる方にはお線香をお点けしていますので、そのような時に話をして、檀家さん一軒一軒のご事情を把握していき、ご様子が気になった時には「どうされましたか」「ご主人はいかがですか」「奥様はその後どうされていますか」などの声掛けをするようにしています。私どもは檀家さんと少しでも会話を交わし、接点を持つことが大切だと考えておりますが、お寺によってはお線香だけを用意して、檀家さんは自由に点けてお墓に上がっていくというところもあります。それはそれで、檀家さんも気を使わないで済みますから良いのかもしれません。

高木優一:副住職とは日ごろからお付き合いをさせていただいています。僭越ですが、私の目から見ても、副住職はとても立派な跡継ぎになられるのではないかと感じます。

坂本承英:噂によると、大学三年の頃、周囲の仲間が皆就活にいそしんでいるとき、彼だけは「もう三歳のときに内定をもらっているから」と平然としていたという話を聞きました。彼の場合、三歳の時に得度式という僧侶になる誓いの儀式を行いました。それがすなわち内定という風に理解していたわけですね。

高木優一:なるほど、それは面白いですね(笑)。

坂本承英:私は、よく彼の友人たちが寺に来たときには、話をしたり冗談を言ったりするんですよ。その中で、今の若者の考え、見方を少しでも理解できたらと思うのです。

高木優一:坐禅の会も継続的にやられていると聞きました。

坂本承英:寺に人が出入りしてざわざわとするような状況は好きではないのですが、坐禅会、写経会は月に一度、彼が主体となって行っています。以前は私が行っておりましたが、少し体調を崩し一時中断していたのをまた再開したという格好です。

高木優一:副住職のますますのご成長とお寺のご発展を期待したいところです。

本日はありがとうございました。