善人承継 リレーインタビュー
前に出るのをやめたら、人の未来が見えるようになった――「怒らず、施す」を実践する経営コンサルタント
有限会社イヴロード 代表取締役 山口 雄一郎 (やまぐち ゆういちろう) さん インタビュー

ゆっくり心を開く人に、トンビを捕まえた過去があった

インタビューが始まったばかりの山口雄一郎さんは、どこか慎重だった。

質問をしても、答えが短い。

現在住んでいる世田谷区の魅力を尋ねれば、


「便利なところぐらいですかね」


子どもの頃に影響を受けた人を尋ねれば、


「あまりいないです」


地域に対して何かしてあげたいことはあるかと聞けば、


「ないですね」


こちらが一生懸命に話を広げようとしても、山口さんは余計な飾りを付けない。

表情はとても柔らかいのに。

サービス精神で話を盛ることもなければ、立派な人物に見せようとする様子もない。

正直に言えば、序盤の私は少し焦っていた。

このままずっと低気圧の中を飛ぶことになるのだろうか。


ところが、山口さんの過去をたどるうちに、その柔らかな表情の奥から、少しずつ妙な人物像が現れ始めた。

山口さんは母子家庭で育った。勉強はほとんどしなかったが、本は一日に一冊ほど読んでいたという。

母親に代わって毎日のように料理を作り、近所の山を歩き、サッカーやドッジボールをして遊んだ。

中学生になると天体観測と写真に夢中になった。

科学雑誌『Newton』や天文関係の雑誌を読み、カメラで撮影し、自分で現像する。

離れて暮らしていた父親が写真を学んでいたことも、少なからず影響していたようだ。


さらに、小学校一年生か二年生の頃には、妹と一緒にトンビを捕まえている。

広島の山奥で、箱を立て、餌のみかんを置き、罠を仕掛けた。すると本当にトンビが入った。

捕まえた本人たちも驚き、結局すぐに逃がしたという。

山口さんは、その出来事を「子どもの頃、一番うれしかったこと」として挙げた。


天体観測に写真、山歩きにトンビ捕獲。

どうやらこの人は、興味の向く方向が、昔から少し独特なのだ。


氏  名:山口雄一郎(やまぐち・ゆういちろう)

居住地:東京都世田谷区

職  業:有限会社イヴロード代表取締役(経営コンサルタント)

専門分野:商品企画、事業企画、研究開発、設計開発、マーケティング、知的財産を活用した新規事業支援

経  歴:メーカー勤務時代に社会インフラ、通信ネットワーク、パソコン、位置情報サービスなどの企画・開発に従事。事業部運営や社内ベンチャーにも携わり、現在は企業や経営者の「ゼロからイチ」を形にする支援を行う

趣味・活動:料理、読書、スキー。軽井沢のスキー学校で講師を務める

授業料無料の高校で、三年間ずっと学年一位

勉強をしなかったという山口さんに、子どもの頃の自分へ声をかけるなら何と言うか尋ねた。

返ってきたのは、


「ちゃんと勉強しろ」


という、あまりにも正統派の言葉だった。


「後悔しかないですね。全く勉強していないので」


小学校の先生からは、「頭の使い方を間違えている」と何度も言われたという。

確かに、授業ではなく、トンビを捕まえる方法に頭を使っていたのだから、先生の指摘にも一理ある。

ところが高校進学の際、山口さんは家庭に負担をかけないよう、授業料のかからない岡山の学校を自分で探して進学した。

その学校が、思いがけず楽しかった。

現在も同級生との交流が続いており、山口さんは三年間、学年一位で過ごしたという。

勉強をしていなかった少年が、授業料無料の高校を探し出し、そこで学年一位になる。

本人は淡々と話すが、なかなかできることではない。


社会人になった山口さんは、メーカーに勤務した。

しかし入社後しばらくは、毎晩のように飲み歩いていた。財布の中のお金を使い切り、朝帰りのまま会社へ向かう。

本人いわく、


宵越しの銭は持たない


子どもの頃から、渡されたお金は全部使ってしまう性格だったらしい。

そんな生活が変わったのは、社会人三年目頃だった。


ある先輩が亡くなり、その仕事を山口さんが引き継ぐことになった。

面倒だと感じていた山口さんに、周囲の先輩たちが言った。


「メーカーにいるなら、子どもに自慢できるものを作るのが本来の仕事だ。真面目にやれ」


その言葉を聞き、山口さんは思った。


「真面目にやろうかな」


人生を変える瞬間は、必ずしも雷に打たれたような衝撃を伴うわけではない。

「やろうかな」。その程度の静かな決意が、その後の人生を大きく動かすこともある。


「君たちの頭は錆びている」

真面目に仕事へ向き合うようになった山口さんは、社会インフラや通信ネットワークの企画、パソコンの設計、製品開発など、さまざまな仕事に携わった。大きな転機となったのが、位置情報を活用した新規事業だった。


社内でマーケティング人材を育てることになり、山口さんは研修メンバーに選ばれた。

講師として現れたのは、グロービスのビジネススクールから招かれた実績豊富なマーケターだった。

一線で仕事をしている自負を持っていた山口さんたちに、講師は初めからこう言い放った。


君たちの頭は錆びている


山口さんの心中は、当然穏やかではなかった。

こちらも第一線でやっているんだ。何を言ってやがる。

しかし研修を受けるうちに、その言葉の意味が分かってきた。

山口さんは、マーケティング、経営、製品開発に対する考え方を大きく変えた。会社から与えられた仕事をこなすのではなく、市場そのものをつくる。顧客がまだ言葉にできていない価値を見つけ、商品や事業として形にする。

位置情報サービスの市場をゼロから立ち上げた経験は、大きな自信になった。


当時の山口さんは、自分を「前に出る人間」だと思っていた。

会社員として働きながら、ビル・ゲイツのような存在になれるのではないかと、本気で考えていた時期もあった。

そして実際に、社内ベンチャーや事業部運営、商品企画、研究開発、設計、販売後のメンテナンスまで、ものづくりの川上から川下までを経験した。

現在は、その経験を生かして経営コンサルタントとして活動している。


山口さんの支援の特徴は、単に経営者へ助言するだけではない。

商品やサービスをつくり、世に出し、事業として継続させるところまで一緒に考える。さらに、簡単に模倣されない商品をつくるため、弁理士と連携し、特許や商標の取得も視野に入れる。

資格があるから経営を語るのではない。自分自身が、企画し、つくり、失敗し、売り、守り、運営してきた。

山口さんの言葉には、その実務の重さがある。


頭の中にいる、三人の山口

かつて山口さんは、周囲から「怖い人」と言われていた。

厳しく、言葉もきつかった。

しかし現在は、ほとんど怒らないという。

もちろん、腹が立たないわけではない。機嫌が悪くなることもある。

それでも、怒りをそのまま相手へぶつけない。

その仕組みを尋ねると、山口さんは少し不思議な説明を始めた。


「頭の中に、常に三人ぐらい自分がいるんです」


一人は、「行け」と言う山口。

一人は、「やめておけ」と言う山口。

もう一人は、少し離れたところから眺めている山口。

怒る山口が前に出ようとすると、別の山口が「ここで怒っても仕方がないだろう」と止める。

頭の中で緊急取締役会が開かれ、多数決によって怒りが否決されるらしい。

それだけではない。

相手の言葉に腹を立てる前に、


「なぜ、この人はこんなことを言ったのだろう」


と考える。

怒りを抑え込むのではなく、相手の事情を想像することで、怒る必要そのものを減らしているのだ。



若い頃の山口さんは、自分が前へ出て、市場をつくり、成果を上げることに面白さを感じていた。

今は違う。


「自分が、自分が、というのは、もうやりたくないんです」


自分らしさとは何かと聞かれても、山口さんにはよく分からない。

ただ、なるべく怒らず、穏やかにいる。

そして仕事では、「施す」ことを大切にする。

自分の能力や経験を、自分を大きく見せるためではなく、誰かがやりたいことを実現するために使う。

前に出るスターになるのではなく、挑戦する人の後ろに立つ。

それが、現在の山口さんの生き方である。

なぜ、そのように変わったのか。

山口さんは一言で答えた。


前に出るのが、面倒くさくなったんです


実に山口さんらしい。しかも正直でいい。思わず笑ってしまったが、

立派な理念だけで人生はできていない。

悟りと面倒くささが同居していてもいいのである。

誰かの「ゼロ」を「イチ」にする

現在、山口さんが暮らしている世田谷区は、交通の便が良く、飲食店も多い。

少し歩けば立派な家が並び、治安も悪くない。

ただし、本屋がない。

山口さんは、もう少し文化的な匂いがあればいいと話す。

それでも山口さんは、自ら地域活動を始めようとは考えていない。


「誰かがしてくれますからね」


これもまた、取り繕いのない答えである。

一方、仕事を通じて実現したい未来は明確だ。

これまで山口さん自身がつくってきた「ゼロからイチ」を、今度は誰かのためにつくる。

経営者や開発者が抱えている、「こんなことをやりたい」という、まだ輪郭のない思いを形にする。

一年に数件でも、本気で新しいものを生み出そうとする人を支援したいと考えている。


プライベートでは、六十代になった現在も、軽井沢のスキー学校で講師を務めている。

五十代の頃には「五十代でも現役」と言っていた。

今度は「六十代でも現役」を維持することが目標だ。


新社会人へ伝えたい言葉を尋ねると、山口さんは言った。


考える力をつけてください


知識を覚えることと、考えることは違う。

言われた仕事を正確にこなせる人は多い。しかし、自分で問いをつくり、想像し、新しいものを生み出す力は弱くなっているのではないか。

AIに聞けば、多くの答えが返ってくる時代である。

だが、何を聞くかまでAI任せにしてしまえば、人間の頭はますます錆びていく。


「君の脳みそはAIより劣っているってことだよね、と言うと怒るんです」


山口さんはそう話した。

厳しい。やはり、昔「怖い人」と呼ばれていた片鱗は、完全には消えていない。

最後に、人生で大切にしてきたものを尋ねた。

経営、創造、信念、挑戦。

そんな答えを予想していた私に、山口さんは言った。


「ペット」


あまりにも予想外だった。

今は何も飼っていないが、山口さんにとってペットは家族であり、友達だった。

事業を生み出し、市場をつくり、経営者を支援してきた人物が、人生で大切にしてきたものとして最初に挙げたのは、ビジネスでも哲学でもなく、ペットだった。

おそらく、これが山口雄一郎という人なのだ。

言葉は最低限。愛想も振りまくタイプではない。格好のいいことを言おうともしない。

それでも、人や社会を少しでも良い方向へ動かしたいと思っている。


山口さんは善人について、こう定義した。


「人や社会に対して、良い影響を与えたいと思っている人は、全員善人だと思います」


善人は、いつも笑顔を振りまく人とは限らない。

話が上手な人とも限らない。

地域のために大きな旗を掲げる人だけでもない。

誰かが何かを始めようとした時、その人の後ろに立ち、経験や知恵を差し出せる人。


山口雄一郎さんは、そんな静かな善人である。


インタビュー後記

インタビュー開始直後の山口さんは、少し距離があった。

こちらが話を広げようとしても、


「ないです」

「分からないです」

「便利なところです」


と、見事なまでに短い。

私は途中まで、インタビューというより、運転免許更新時の視力検査を受けている気分だった。


「右です」

「左です」

「ないです」


しかし、話を聞き続けていくと、授業料無料の高校で学年一位、子どもの頃にトンビを捕獲、社会人になれば位置情報市場をつくり、現在は軽井沢でスキー講師。さらに、頭の中には三人の山口が常駐しており、最後に大切なものを聞けば「ペット」と答える。

情報量はむしろ多いじゃないか。

ただ、本人がまったく自慢しないので、こちらが掘らないと出てこない。


山口さんは、自分を良く見せることに、驚くほど興味がない。

昔はビル・ゲイツを目指していたらしいが、現在は誰かの「やりたい」を後ろから支える。

その理由を「面倒くさくなった」と言ってしまうところもいい。

人間は、すべてを崇高な理念で説明しなくていいのだ。


怒らない。

施す。

誰かのゼロをイチにする。

そして、宵越しの銭は持たない笑


山口雄一郎さんの人生には、経営書に載せたい教えと、家計簿には載せたくない生き方が同居している。

必要以上に話さなくても、愛想笑いしなくても、人は人を惹きつけられる。

むしろ、その人がふと見せる優しさは、よく笑う人の百倍ほど気になる。


インタビューが終わる頃には、私はすっかり山口さんの頭の中にいる三人のうち、傍観している一人に会ってみたくなっていた。


「宵越しの銭は持たない」か

なんと素敵な言葉だろう。

山口さんのインタビューを理由に、ちょっと歌舞伎町ではしゃぎたくなってきた。

1日くらいなら妻も許してくれる…わけないかやっぱり。

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